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夢の欠片(くすくす姫サイドストーリー)
第1章 前編
「それ、いつの間に付いたんだ?」
「……」
男は友人の驚きに答えずに、むっすりと不機嫌な表情で酒を飲んでおりました。

「来たときは、無かったよな?」
「……」
「目立つぞ。手当てして来たらどうだ」
「…良いんだよ、このまんまで」
「どうしてだ?はっきり分かるぞ、女の手の跡だと」
男はまた黙り込みました。
あの女性の唇を奪って強かに引っ叩かれた跡は、まだひりひりと痛みました。
しかし、誰に何と言われようと、手当てをする気はありません。
こうして痛みを感じている間は、あの女性が幻ではなく肉体のある確かな存在だと確信する事ができ、まるでまだ側に居るかの様に感じられたからです。

「女の平手打ちの跡をそのままにしておきたいなんて、異常だぞ、お前」
何も言わない男に構わず、領主の息子はううむと首を捻りました。
「まさか、恋か?…いや。恋じゃないな。これは恋じゃなくて、変か」
「…五月蝿ぇよ」
「この手の主は、どんな女なんだ?脈は有りそうか?…引っ叩かれてるんだから、望み薄か」
「大きなお世話だ。黙れ」
(…嫌がっては居なかった…と、思ったんだが…)
友人にやいのやいのと言われながらも、男はあの女性の事を考え続けておりました。
女性は口づけの途中で力が抜けて体を男に預けて来ましたし、離れた直後も、全く嫌がっているようには見えませんでした。それに、口づけの途中で男の舌に応えて、たどたどしく舌を使って来たりもしていたのです。
(分からねぇ…何なんだ…生娘なのか?…いや、ありゃあ生娘の反応じゃねえな。しかし、よっぽど初心なのか…)

立ち去る前に涙目で見詰められた事を思い出しただけで、あの女性を求めて体が疼くような気がしました。
(それにしても、どこの家の娘なんだ?)
男は、隣にちらりと目をやって、自分よりは事情通であるこの領主の息子に全て打ち明けて尋ねてみようか、と思いました。
先程平手打ちの件を突つかれたばかりですし、今まで特定の女に興味を持ったことなど無かったのですから散々からかわれるでしょうが、背に腹は代えられません。
男は自分でも気付かぬうちにすっかりと、まだ二度しか会ったことが無いあの女性の虜になっておりました。

「…おや?」
物思いに沈んでいる男の耳に、友人の呟きが聞こえて来ました。
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