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夢の欠片(くすくす姫サイドストーリー)
第1章 前編
「なんと、珍しい。隣地の領主様がお見えだ」
「ふん」
あれが、と男は思いました。
噂では、病弱で人嫌いのため滅多に姿を見せず、館に篭もっていると言う話でした。
数年前に若い妻を迎えたものの未だに子に恵まれず、領地内の景気もこの地ほどは奮わない等、明るい噂は聞いた事が有りません。

パッとしない話しか聞かず商売の相手にもならない相手であったので、男は一瞬で隣地の領主に興味を失いました。しかし、しばらくそちらに目を向けていた領主の息子は、ややあってまた小さく声を上げました。
「…おや。珍しい上にも珍しい」
「何がだ?」
「見てみろ」
男は言われるがままに何の気なしにそちらに目を向け、驚きに目を見開いて、固まりました。

「滅多に見られない光景だぞ。奥方とご一緒だ」
それを聞いた男は、頭を思い切り殴られた様な気が致しました。
隣地の領主の隣には、酔漢から庇って櫛を拾ってやった、あの女性が居たのです。

(…人妻、だったのかよ…)
二度目に会った時はともかく、最初の出会いの時、伴侶の居る女性が何故あの場に一人で居たのでしょう。領主の息子は先程、夫は滅多に社交の場には出て来ないと言っておりました。何かの理由で、妻だけが仕方なく赴いて来ていたのかもしれません。

男は必要な用件だけ済ませ、その日の宴席を早々に退出しました。
帰宅して眠って目覚めると、宴席で挨拶した相手も内容も、はっきり憶えておりませんでした。男の顔色と様子を見た家令には、昨日は随分お酒を過ごされましたねと言われましたが、酔うほど飲んでは居りません。
男は自分の中に、酔いの名残とは比べ物にならない位重苦しいものが沈んでいるのを感じました。



「どうした。最近塞いでるな」
「別に」

隣地の領主夫妻を目にした数日後。
男と友人は、仕事についての話し合いをしておりました。男の家業である果物園は、広い土地を必要とします。以前から領主の土地を借り、得られた利益で対価を払う契約を交わしておりました。規模を拡大する事になり、いい機会だからと今まで交渉の中心であった領主から息子へ、徐々に代変わりしていく事になったのです。

「恋患いか?」
「そんなんじゃ無え」
男は苦々しげに答えました。

「あまり思い詰めるな。女はこの世に一人じゃないぞ」
友人の悪気のない励ましを聞いた男は、爪が掌に食い込みそうな程、拳を握り締めました。
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