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湯上がり慕情 浴衣娘と中年ピンチ君
第1章 それぞれの思惑
 七月下旬。辺りは暗くなっていた。
 野上は仕事を終えて、海岸線のバイパスを走り隣町まで帰宅途中である。
 岬を抜けると右側に海が続き、この時刻になると、遠くに白くライトアップされたスーパーマーケットの看板が見えてくる。周辺には町の灯りが広がっていた。
 車を走らせながら白い看板を目にしたとき、スーパーで買って帰るのを忘れたなら怒られるところだったな、と野上は娘から届いていたメールを思い出した。それには娘の由香の冷たい流し目が浮かび、彼は左へ折れて町へと向かった。

 八年ほど前に離婚した野上英二は、四十五歳で、大学二年生の由香と二人で暮らしている。
 彼は娘に甘いようである。家の二階は彼女に占領されていた。
 今夜の野上はビンテージ風の灰色のズボンをはき、襟の付いた黒い半袖シャツを着ていた。それらは由香が選んだ物である。上背のある野上は短めの黒い髪をリーゼントにしている。由香からは何を着てもよく似合うよと、たまには言われる。
 野上が仕事帰りに立ち寄るスーパーマーケットは、神奈川県の西部の町にあった。彼はこの店を気に入っているようで、娘と訪れることもある。店舗の規模は大型店ほどではないのだが、買い物客はいつも多く、地元では人気店の一つに数えられているらしい。
 野上が駐車場に着いたとき、七時を過ぎていた。
 車から降りると、周りの車の屋根に駐車場のライトが反射していた。野上は夜空を見上げ、ひと雨くれば涼しくなるのだが──とそんな光景を巡らせ駐車場を後にした。
 自動ドアが開くと店のコマーシャルソングが流れていた。買い物かごを手にする野上が店内を眺めると、惣菜売り場に買い物客が集まっている。この時刻になると、次には特売のアナウンスが流れるのだ。
 野菜売り場まで移動した野上は、確認するように娘からのメールを見ていた。
 そのとき、肩ほどの髪の若い女性が、買い物かごを手にして彼のいる売り場のほうへ近づいていた。彼女は白っぽいスカートをはいており、同系色の半袖の服を着ていた。その女性が彼の隣りに立ったときである。
「野上さん、スマホはどうですか」
 と女性は声をかけた。
 突然のことだっ
 彼女はこの町の携帯電話ショップに勤める新人で、野上が一週間前にスマートフォンを修理に出したときの担当、坂井奈々だった。
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