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身代わりの夜
第14章 熱愛目出し帽
 しかし、つづいて洩れ出た声は、どこか力がなかった。

「……出来るはずないでしょう、そんなこと」

 ちらちらと、鏡の中の男の顔色をうかがってしまう。

「出来ますよ、貴野課長なら」

 マスクの下で、きっぱりと言われた。

「いや、やらなきゃだめです。
 上司の義務です。
 昼間の男にも見せたことのないような、課長の飛びっきりいやらしい姿、見せてくださいっ」

 部下の言葉に、別れた男の顔が浮かんだ。
 村木は片頬を歪め、小馬鹿にした顔を亜沙子に向けてきた。

「訳がわからない。
 どうしてわたしがそんなことしなきゃならないの」

「あの男が課長の本当の姿なんか知ってないってことを証明するためです。
 ぼくに……いや、鏡の向こうの古森に見せてください。
 誰にも見せたことのない、課長の最高にいやらしい姿を」

(誰にも見せたことのない、わたしのいやらしい姿……)

 鏡に映る自分を見た。
 唇をヘの字に曲げ、怒ったような表情でこちらをにらんでいる高慢な女。
 男みたいに濃い眉と、見るからに気が強そうな吊り気味の双眸が、ほんとうに可愛げがなかった。
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