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滲む墨痕
第3章 雪泥鴻爪
しばらくして戻ってきた藤田の手には二本のハンガーが握られている。
「コートを掛けておきましょう」
そう言って大きな手のひらを見せる。
「すみません。じゃあ……」
潤がおずおずと上着を差し出せば、そっと受け取った藤田はハンガーに吊るし、それを長押に掛けた。自身の黒いコートも同じようにして隣に掛けると、彼は振り向いてじっと見下ろしてくる。
「潤さん。疲れていませんか」
「い、いえ……」
「少し休みますか」
その言葉が耳に入った瞬間、潤は弾かれたように首を左右に振った。せめてここにいる間だけは自分の意思を示したい。
「書道をしたいです。藤田先生の書道をもっと教えてください!」
強い声を受けてわずかに目を見ひらいた藤田は、やがてその精悍な顔に愉快げな表情を浮かべると声を出して笑った。
「僕のでよければいくらでも。そうすればおのずと、あなた自身の書道が見えてくるかもしれません」