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滲む墨痕
第3章 雪泥鴻爪
思わぬ言葉に面食らい、潤は首を左右に振る。
「私は違います。まっすぐに自分を貫き通すことなんて、できません」
「そうでしょうか」
「そうです。だって……」
膝の上できつく握りしめたこぶしが、不意に、大きな手のぬくもりに閉じ込められた。逃げ場のない距離感の中で、その黒く深い瞳に囚われる。
「あなたはそうありたいと願っている。今の自分との矛盾に悩み、それでも強く思っている。自分らしくありたいと。あなたの肉筆がそれを証明しているはずです」
半紙に写し取られた、墨黒の色をした意思が脳裏に浮かんだ。
「僕はあなたの書が好きですよ」
どこか甘さを纏ったその声は、隠しきれない真の意味を白い繭に包んでいるようだった。もしそれが羽化するときが訪れたら、ゆらゆらと空を舞いながら、相思相愛という愚かな自惚れに毒された鱗粉を撒き散らすのかもしれない。