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滲む墨痕
第3章 雪泥鴻爪
哀しいのではない、情緒が少し不安定なだけだと言い聞かせる。
――泣くな。恥ずかしい。
自分の心の声と、子供の頃に聞いた母の声が重なる。何事にも完璧さを求める、あの威圧的な声が。
「……っ」
咽(むせ)びそうになるのを必死に抑え込んだとき、藤田の背が深呼吸するように上下した。息を吐く音がしたあと、彼は言った。
「貸しますよ。背中」
穏やかな声。選択を急かさない、ただそこに置いておくだけの声だった。
潤は、涙を流しながら頬をゆるめた。
「では少しだけ、貸してください」
膝を崩して横座りになり、藤田に背を向けると、潤はそっと身体を後ろに倒した。服越しに感じる、硬い筋肉と熱。呼吸を繰り返すその背中に身を委ねれば、心が静まってくる。