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第3章 雪泥鴻爪

　潤は、敷地の裏門から川沿いの小道に出た。足下を流れる静かな川音を聴きながら、外灯に照らされる朱塗りの橋を渡る。川を挟んで旅館の向かいに位置する小道は竹林の散策道になっており、ライトアップされて白緑に光る竹が両側に高く伸びている。

「きれい……」

　日没後にここを歩くのは初めてだった。日中に歩いたのは、誠二郎と結婚する前に一度だけ。実家の両親に紹介したいと言われ、初めて野島屋を訪れたときだった。あれは秋から冬に変わる時期だった、と潤は思い出した。
　紅葉が見頃を終える頃で、もう葉が落ちはじめていた。竹の緑に囲まれた石畳の道には、紅葉の絨毯が敷き詰められていた。誠二郎は、歩くのが遅い潤に合わせてゆっくりと歩き、潤がしゃがんで葉を一枚拾い上げて見せれば「子供の手みたいだね」と笑った。

　あの頃の二人は、ごく普通に家庭を築いて、ごく普通に幸せになると思っていた。今もその想いは変わらない。しかし、その方向も歩幅も以前とは違う。
　雪の舞う誰もいない小道を一人ぼんやりと歩きながら、潤はその奥にある空虚をどこか冷静な気持ちで見つめた。