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いつかの春に君と
第3章 永遠の花
深夜、鬼塚は今城少尉の支度部屋で、軍服の手入れをしながら、ふと男のことを思い起こした。
…あれから、何度抱かれたか分からないほどの濃密な性交を繰り返した…。

憲兵隊に入隊して三カ月…。
男と身体を繋げ合うことは久しぶりだった。
男は飢えた野獣のように、鬼塚を求めて止まなかった。
しかしそれは、己れの快楽を追求するというよりも、鬼塚に自分以外の者には決して与えられない唯一無二の快楽を与え、自分に隷属させようとするかのような性交であった。
…そして、そのことを鬼塚が無意識に望んでいることを男は知っているのだ。
それが鬼塚が男に素直に身を任せてしまう理由でもあった。
…あのひとは俺のことはすべてお見通しなんだ…。

男は鬼塚の身体を隅々まで清め、軍服をきちんと着込ませると、そっと抱きしめた。
…そして、尋ねた。
「…お前は…憲兵隊を辞める気はないのか?」
鬼塚は訝しげに男を見上げた。
「まだ入隊したばかりですよ。これからもっと色々な訓練を受けて、現場に出て…貴方みたいな強い軍人になりたいんです。
辞めるなんて…」
男は鬼塚の黒革のアイパッチを丁寧に付けてやり、静かに口を開いた。
「お前は諜報活動には回されないだろう。
容姿が目立ちすぎる」
…アイパッチを付けていてはスパイ活動は難しい。直ぐに貌を覚えられてしまうからだ。
「ええ、分かっています。だから俺は貴方みたいに現場でアナーキストや危険人物を捉える任務に就きたいんです。その為に厳しい訓練にも耐えてきたんです」
男は表情を変えずに淡々と答えた。
「…戦争はいつか終わる。…それはお前が考えるよりもずっと早い時期かも知れない。…終わった時にお前はまだ若いだろう。
その後の人生を今からよく考えておくのだ。
お前が憲兵隊を辞めても…私から離れても、私はお前に出来るだけの援助をする」

男は立ち上がり、鬼塚に背を向けた。
「大佐!何を仰るのですか⁈俺は貴方のドーベルマンでしょう⁈ドーベルマンは飼い主から離れてはいけないんです!貴方の側を離れて、俺に何の人生があると言うのですか⁈」
猛然と抗議する鬼塚に、男は立ち止まり…苦渋に満ちた声で呟いた。
「…私は、お前を失いたくはないのだ…」
…小さく付け加えた。
…和葉のように…と。

「大佐!」

呼び止める鬼塚を振り向きもせずに、男は厩舎を後にした。




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