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いつかの春に君と
第3章 永遠の花
今城の瞳が好奇心に輝いた。
「へえ…。君の珈琲は大佐仕込みか」
「…ええ…そうです。…大佐は俺に色々なことを教えて下さいました」
今城ほどではないが、男は嗜好品は外国製品を好んだ。
珈琲もその中のひとつだ。
武道や礼儀作法を教えると同時に、珈琲の淹れ方を鬼塚に教え込んだ。
「…お前の淹れた珈琲は美味いな」
普段、決して鬼塚を褒めない男に初めて褒められ、嬉しくて…どうしたら良いか分からなくなったことを今でも覚えている。

今城が部屋の蓄音機にレコードを乗せ、針を落とした。
…軽快な音楽が流れ始める…。
アメリカのジャズだ…。

鬼塚は眉を顰めた。
…敵国の音楽をかけるなんて…。

今城は鬼塚を振り返り、にやりと笑った。
「敵を知るにはまず敵の懐に入らなければ。文化や風俗はその最たるものだ。
…音楽、文学、洋服に食に酒、煙草…それから…女だ」
…やっぱりふざけた奴だ。

鬼塚は意趣返しのように、尋ねた。
「今城少尉はなぜ憲兵隊に入られたのですか?」
…軍隊の中でも彼には一番似合っていないところじゃないか…。
今城はジッポーのライターで煙草に火を点けた。
そして歌うように語り始めた。
「海軍は船酔いする、陸軍は暑さが苦手、航空部隊は…僕は高所恐怖症でね。…残ったのは憲兵隊だけだったのさ」
鬼塚は呆れた。
「そんな理由で?」
…どこまでふざけた奴なんだ…!

今城は鬼塚の心の内などお見通し…とでも言うような眼差しで笑った。
「君の大佐と違って、僕は快楽主義者なんだ。
憲兵隊は諜報活動が楽しそうだから選んだ。
日本で暗躍するスパイ達を盗聴したり、ナイトクラブに潜入して情報を収集する…。
海外のスパイ小説みたいでわくわくするじゃないか」
…やっぱり変な奴だ…。

「…て言うのが半分、半分は…」
今城が不意に真顔で鬼塚を見た。
「僕はこの馬鹿馬鹿しい戦争を早く終わらせたいと思っているんだ」
鬼塚は眼を見張った。
「何を仰るのですか⁈貴方は仮にも大日本帝国の将校なのですよ⁈何て不謹慎な!」
上官に食ってかかる鬼塚に怒りもせずに、今城は長い脚を組み替えて、弟に諭すように口を開いた。
「…この戦争で日本に勝算があると踏んでいる将校なんて一人もいやしないよ…」
鬼塚は息を呑んだ。
…先ほどの男の言葉が蘇る。

…この戦争は長くは続かないだろう…。
お前の将来を考えるのだ…。




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