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いつかの春に君と
第3章 永遠の花
初めての休暇を貰った日、鬼塚は小さなメモを手に、麹町にある瀟洒な洋館を見上げていた。

…それは男に数年前に渡された、小春の自宅の住所であった。

青銅の柵が巡らされた広い庭園には美しい夏の薔薇が咲き乱れていた。
西洋の邸宅のような構造をした煉瓦造りのとても洒落た屋敷だ。
少し前には黒のメルセデスが門扉の中に入っていった。
節制が叫ばれる今、民間人で自家用車を所有しているものなど、よほどの資産家か富裕な家だけだ。

…小春はこんなに良い家に住んでいるのか…。
自分のこと以上に嬉しい。
ほっとしてもう帰ろうと思いながらも、あと少し小春の面影を感じたくて、塀の周りをゆっくりと歩いた。

…不意に門扉が開き、賑やかな少女達の声が響いてきた。
鬼塚は慌てて街路樹の影に身を隠した。

「…それでね、その慶応の学生さんはすっかり笙子様に夢中になってしまわれたのですって。もう昼も夜も笙子さんのことばかり考えていらっしゃるって!」
少女達が歓声を上げる。
すると際立って美しい貌立ちをした一人の少女がはにかんだように微笑った。
「…もう、麻子様たら…からかわないで」
鬼塚は息を呑んだ。
…小春だ…!そうか…改名したんだったな…。
鬼塚はその少女の貌を食い入るように見つめた。

小春は五年前にホテルのダイニングで見かけた時よりずっと大人びて…更に美しくなっていた。

…長く美しい黒髪を綺麗に背中に垂らし、白いレースのワンピースを身に纏っていた。
胸元には高価そうな真珠の首飾りが輝いている。
白磁のようにきめ細かな白い肌、可憐な人形のように整った目鼻立ち、化粧などしていないのに紅く色づいた唇…。
兄から見ても思わず心を奪われてしまいそうな、稀有な美しさを誇る姿であった。
小春はそっと白い日傘を差し、友人達を窘めた。
「あの方とは何でもないのですから、そんな風に噂なさらないでね」
友人の一人が大袈裟に溜息を吐く。
「笙子様は本当に欲がないこと!慶応の学生さんでしかもハンサム、お父様は代議士…こんなに素晴らしい条件の方は滅多にいらっしゃらないのに。要らないなら私が頂いてしまってよ?」
小春は目を細めて微笑った。
そして、晴れ渡る初夏の空を見上げ、独り言のように呟いた。
「どうぞ、構わないわ。…私はね、運命の人を待っているの。その人を一目見たら電流が走るような運命の人を…」




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