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いつかの春に君と
第3章 永遠の花
その日、深夜遅くに鬼塚は、男の執務室をノックした。

低い返答があり、鬼塚はそっとドアを開ける。

男は外国煙草を吸いながら書類を捲っていた。
鬼塚の貌を見ると驚いたような表情をし、中に入るように促した。
「…どうした?…今日は休暇ではなかったのか?」
見習い士官が上級将校の執務室を呼ばれてもいないのに、自ら訪ねることはご法度である。
鬼塚はけじめには厳しく律儀だ。
今まで公私混同したことなど一度もない。
男は眼を眇めた。

鬼塚はドアを閉め、鍵を掛けた。
鬼塚の深い闇の色をした隻眼が、男を熱く見つめた。
「…貴方に…会いたかったんです…」

煙草を灰皿に押し付け、静かに微笑う。
「…何があった?」
立ち上がると、鬼塚がその胸に抱きついてきた。
…こんなことは初めてだ。
鬼塚は甘えることが苦手だ。
…それはまるで群を離れた狼の子どもがなかなか人に懐かないようでもあった。

「…何があった?徹…」
男はその細身だが引き締まり美しい筋肉が付いている背中を抱きしめた。

「…小春に…会いました…」
「…そうか…」
「小春はとても裕福な暮らしをしていて…友達もたくさんいて…産まれながらのお嬢様みたいだった…。
小春は凄く綺麗になっていて…以前から綺麗でしたけれど、もっともっと…まるで天使みたいに綺麗になっていて…眩しいくらいで…」
「…うん…」
惚気のような言葉を静かに受け止める。
「綺麗なだけじゃなく、優しくて…昔と変わらなくて…。
俺のことを、やっぱり覚えていなかったけれど、俺はほっとしました。
…俺のことを思い出すことは、小春にとって地獄のような過去を思い出すことだから…」
男の頑強な腕が、黙って鬼塚を強く抱く。
「…だから、思い出さなくていい…。一生、にいちゃんて言われなくてもいい…。
一生、幸せに暮らしてくれたらそれでいい…」
自分に言い聞かせるように、はっきりと言い切った。


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