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いつかの春に君と
第3章 永遠の花
鬼塚は男の逞しい胸から貌を上げた。
「…俺は決めました。俺は憲兵隊を辞めません。
俺は、小春を守る為に戦う。小春がずっと幸せに暮らせる為に戦う。この東京を…日本を守る。
陛下をお守りする。
…それから…」
鬼塚の美しい隻眼が男を捉える。
「貴方を守る」
男の猛禽類のような瞳が驚きに見開かれる。
「…徹…」
「まだまだ何も出来ない俺だけど、貴方の力になる為に憲兵隊にいます!そして、ゆくゆくは貴方を守る…!
…だから、あまり無理をなさらないでください」
鬼塚が懇願したのには理由があった。

最近、上官らから噂を聞いたのだ。
男は今、次々とアナーキストや反政府主義者、危険分子たち容疑者を逮捕し、死ぬほどの拷問に掛け自供させていると…。
それは全て上層部からの命令なのだが、男は一人でその汚れ役を黙って買って出ているのだ。
つまり、反政府主義者や運動家たちの怨恨を男が一人で矢面に立って受け、任務を遂行しているのだ…と。

男はふっと表情を和らげ、鬼塚の髪を撫でた。
「…お前に心配されるようになったら、私もおしまいだな」
「大佐!」
むきになる鬼塚を静かに抱きしめる。
「…私は大丈夫だ。この仕事を選んだ時から、様々な覚悟はできている。
死ぬことは怖くはない」
「…和葉さんがいるからですか?」
悔しそうな眼差しで男を睨みつける。
「天国には和葉さんがいるから、怖くないんですか?」
思わず笑いだす男に抗議するように、鬼塚は胸を突き放す。
男はすかさず鬼塚の手を握りしめる。
「私は和葉がいる天国には行けないだろうな。
あいつは綺麗なまま死んでいったが、私は違う。
…あの世があるとすれば、私が行くところは地獄だ」
「大佐!」

男の両手は、そのまま鬼塚の貌を包み込む。
猛禽類のような瞳が憂いと慈しみの色に覆われていた。
「私は死ぬことは怖くないが、お前を遺してゆくことが気掛かりなのだ。
…約束してくれ。徹、生き延びろ。どんな手を使っても、無様でもいい。
…生き延びて…いつか妹と真の再会を果たせ。
お前の本当の人生はそこから始まるのだ」
「大佐!そんなこと言わないで下さい!」
遺言のような言葉を聞きたくなくて、鬼塚はもがいた。

男は力強く鬼塚を抱きしめ、優しい声で繰り返した。
「…お前は生きろ。必ず生き延びろ。約束だぞ…」

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