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その匂い買います
第1章 その匂い買います
 今回の相手は、匂いに関しては、愉しむことができなかった。暗い心が、さらに暗くなっていきそうだった。中塚は、暗くなる心をなんとか食い止めようと、色々と頭の中で妄想を抱き、阻止しようとするが、中々それはぬぐいされなかった。
 畳の上に置いてあるスマホを確認と、すでに、15時の10分前だった。
「そろそろ時間か」
 中塚はスマホを右手で取り、胸のポケットにしまい、ゆっくりと起き上がる。
18時頃に、吉祥寺で40代の会社員の女性と落ち合う事になっていた。今日、2人目の、お客さんである。意外と、忙しない一日を送っていた。 
 中塚は休日であったが、相手の女性は仕事らしいので、相手の女性の仕事帰りに、落ち合う事にした。中塚は、
「今度こそ、理想の匂いと形に出会いたい」
 そんな思いを胸に抱き、足早にアパートを出た。
 最寄り駅から電車で、約15分の道のり。中塚はつり革に掴まり、社窓から外の景色を眺めている。中塚の、その無表情の顔が、社窓に容赦なく映し出されている。
 あの人は真面目。
 常に社内では、そう評価を受けて来た中塚だった。世の中、真面目な人間なんていない。中塚の口癖だった。
 どうせ理解をされない性癖であるのなら、いっその事、黙っておいた方が得策だからだ。そして、どんなに雄弁な弁舌家がいたとしても、この性癖を正しく伝える事は、不可能である。しかも、それを誰かに打ち明けた時にはきっと、『変態人間』のレッテルを張られて排斥される。中塚はそんな屈折した心を持っていた。
 電車が待ち合わせの駅に到着した。
 ── 待ち合わせ場所に到着した。17時50分を少し回ったあたり、夏の終わりを告げるかの如く、もう、すっかり薄暗くなりはじめていた。夕焼け空にはイワシ雲。そんな季節であった。
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