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その匂い買います
第1章 その匂い買います
 時刻はすでに、深夜の12時を回っていた。街灯の灯りが、悪戯に明るく見える。中塚は寝入っていた。体を起こして畳の上に正座をしてすわる。部屋の中心に座り、ビニール袋を目の前に置く、ビニール袋の音がしないように、そっとビニールを開くと、そこには恵美がくれた、ストッキングが入っていた。それを躊躇なく顔面に押し当てて匂いを嗅いだ。
「臭い。これだ、この匂いだ」
 中塚は勃起していた。
 匂いを買う行為、そして、匂いを嗅ぐ行為は、社会通念上好まれる性質のものではない。だがしかし、風俗に行かない中塚にとっては、性的欲求を満たす大切なツールでもあった。
 普段は真面目で知られた男が、真夜中にストッキングの匂いを嗅いでいる姿は、まさに滑稽であった。
 般若の面を被った大人が、砂場で遊んでいる姿を、含み笑いを浮かべて傍からみているような感じだ。
 こんな夜の夜中に、暗い室内で臭いストッキングの匂いを嗅いでいるのは、世界中で中塚ひとりだけだろう。
 そんな世界一、最底辺な男の姿がここにある。
 人は見かけにはよらない。
 これは総ての人に当てはまる。
 そして、何度も匂いを嗅ぐ。恵美の足の匂いは、この世にたった一つしかない、最上の香りであった。まさに芳香といったところか。
 中塚は次第に目が回り始めていた。この臭い匂いを嗅ぐ事が、中塚にとっては、自らの性癖の存在価値を示す。そして匂いを愛した男の輝きは、今、畳の上にある。
 今この時の中塚の瞳は、誰よりも輝いていた。追い求めていたものに巡り合えた感激を、手に入れた時の喜び。それは、手にしたものにしかわからない、最高の喜びであった。
 中塚はストッキングを再びビニール袋の中にしまった。
 これが中塚の本性だとは、幼馴染の三崎すら知る由はなかった。
 スマホの着信音が鳴った。
 スマホに、2通のメールが届いていた。中塚は受信ボックスをクリックし、1通目のメールを確認すると、恵美からであった。
「昨日はどうも。またよろしければ、ぜひ」
 このメールに中塚は返信を入れた。
「夜分に失礼いたします。ええ、こちらこそまたよろしくお願いいたします」
 スマホを畳の上に置いたと同時くらいに、
「また、よろしくお願いします」
 と、返信が届いた。
 中塚は人生の機微を垣間見た。
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