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その匂い買います
第1章 その匂い買います
 そして正気を取り戻した中塚は勢いよく指と指を開き、腹をすかせた野良猫が獲物にむさぼりつくかのように鼻をくっつけると、中塚の鼻孔に強烈な匂いが襲ってきた。汗の匂いと垢の匂いが混じったような、そんな感じの匂いであった。おまけにべたついて、やわらかい指の腹が何度もくっついたり、離れたりを繰り返している。これが真面目と言われている男の真の姿でもあった。
 ただひたすらに、ただがむしゃらに、何度も匂いを嗅ぎまわる。中塚の理性は、完全に崩壊をしていた。
 そして仕上げに、恵美の両足の裏を自らの顔面に押し当てた。
 一秒…… 二秒……
 恵美は不敵な笑みを浮かべていた。それは中塚をあざ笑うかのような笑みでもあった。
「どうかしら、ご感想は? 」
「頭が…… くらくらします」
「匂いはどうかしら? 」
「最高です」
「あはは。言葉の意味はよく分からないけど、喜んでいただけたみたいで嬉しいわ」
 匂いを味わうという表現は、適切かはわからないが、この匂いは確実にそして着実に、中塚の欲望を満たしていった……。
 中塚はゆっくりと、恵美の足の裏をはがしていく。恵美は無言でその光景を、みつめている。
 はがれて行くたびに、足の裏の温もりが、冷たい空気にふれて、ひんやりとしていた。
 中塚の頭の中はすっきりとしていた。これでやった性欲が満たされたからだった。
 恵美はなにやら不穏な空気を感じとり、そそくさと身支度を整えた。
「これ、お約束の物です」
 中塚に白いコンビニのビニール袋が二重にされた袋を手渡した。
 その袋は丁寧に四角形に折られており、開け口の個所は、ビニールテープで、しっかりと封をされていた。
 中塚は恵美に向かい、
「ありがとうございます」
 お礼を言うと、恵美は無言でお辞儀をして、急ぎ足で部屋を出て行く。その光景をみた中塚は、忙しいのだろう、と思い、何も言わず、その場をやり過ごした。
 中塚は恵美から手渡されたビニール袋の封を丁寧にはがす。そして、ビニール袋の中身を確認すると、中塚はしばしの間それを見つめ、そして再び封を閉じた。

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