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女鑑~おんなかがみ~
第13章 水揚げ
千鳥が本当に怒ってひっぱたこうとするのを制して,若槻は
「いや,そんなに怒らなくてよい。」と答えた。
「もっと怖がったり嫌がったりしているような子なら,最初から気を付けるんですが,あまりにも落ち着いている子だがら,油断していて,ご迷惑をおかけしました。」
千鳥が恐縮して謝る。
「いや,君も気にしなくてよい。ゆっくり説得するのも一興だ。
あまりに素直でも,動かない材木や何かを相手にしているようで面白くないだろう。
初めて逝っちゃったから,動転したんだろう。」
千鳥は少し驚いた顔をした。

背中に布団を被って小さくうずくまった葵は,ただすすり泣いているようだ。
千鳥は,布団を剥がすのはやめて,その上から声をかけた。
「誰よりも素直で我慢強かったのに,急に辛くなったのね。可哀そうに。
私だって十年も前だけど,初めてのときは,怖くて恥ずかしくて随分泣いたわ。
辛いけれど,一刻の辛抱よ。怒ったりはしないから落ち着いたら出てきなさい。

それに…
初めてなのに,逝っちゃったんだって。それなら痛いのもそれほどではないわよ,きっと。
私なんて,最初ひと月ほどは,ただ痛いだけだったのに。羨ましいわ」

中からはすすり泣くような声が聞こえていたが,途中から小声で
「……違う,違います」
という声がした。千鳥は気づいていないのだろうか。
「さっき,違うって言ったか。何が違うんだ。顔くらい出して説明しないか。」
若槻が布団に向かって話しかけた。

「……怖いわけでは,ない・・・・・です。痛くても辛抱できます」
「だったら,どうして」
千鳥は少し苛立っている。

「いい,あとは俺が聞くから」と若槻は千鳥にそう告げ,千鳥は,渋る夕顔を強引に連れて部屋を出ようとした。
布団の下からすすり泣く声がますます強くなる。
「ごめんなさい。申し訳ありません」
「いや,謝らなくてよい。何がそんなに嫌だったの」
「……痛いのとか苦しいのとかは辛抱できるけど,悪い女になってしまうのは」
「ん?」
「いやらしい女,浅ましくて,ふしだらで,いかがわしい女に…なってしまうのは嫌だ。
このままでは,私は,」
布団の下からは,鼻水をすすり上げながら泣く声が聞こえる。




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