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女鑑~おんなかがみ~
第15章 幻滅
病弱な少女だと思っていた百合子は,私など歯牙にもかけないほどの色気と艶のある女だと知った驚きと,そして,自分がこれほど絵に没頭できることにも驚きました。まるで,現世ではないどこかに連れられて,そこで絵を描いているような心持でした。

「ねえ,先生。先生は,私の身体は虚弱だから男女の交わりはできないと思い込んでおられたのでしょう」
縛られたままで百合子が言ったことばで,私は我に返りました。これまで一緒に暮らしながら,ただ手をつないで床につくだけのことを繰り返していた日々を思い出しました。小さな借家の一つ屋根で暮らしながら,清らかな関係を続けていた日々と,今,縛られて目の前にいる妖艶な女とが一続きであるということに恐ろしさを感じました。

「せっかくだから,先生,私が姦通の罪を犯している証拠もお描きくださいな。ねえ,五助さん,いいでしょう」
百合子が甘い声で五助を呼びました。

「先生,私,尋常科で先生の級で受け持ちしていただいたころから,先生のことが好きだったから,先生の嫁になって,先生に女にしてもらえるのだったらいいなと思ってきたんだけど。先生は,優しすぎる人だから,手しかつないでくれなかった。
だからね,五助さんにお願いして,五助さんと姦通の罪を犯して,そして先生に,長い刀でばっさり斬られて死ぬのがいいな,と思って,五助さんもね,そうなったら一緒に打ち首になってもいいって言ってくれたの,だから,五助さんに・・・。」

「何を言っているんだ。私が刀でって,馬鹿馬鹿しい。そもそも告訴する気はないと言っただろう」
「でも,縁日のお芝居ではいつも,間男と一緒にそうやって斬られていますよ。」
置屋や貸座敷が並ぶ一角にある芝居小屋で,時折,通俗的な素人芝居がかかっていたことを思い出しました。
「芝居と現実を一緒にするんじゃない」と叱ると,急にしおらしくなりながら,
「五助さんと一緒に,先生に斬られて死ぬのならいいかな,と思っていたのに」と百合子は口をとがらせました。
私は怒りを覚えました。
彼女の寿命が長くないことは知ったうえで,少しでも死の影を感じることのなきようにと,気を配ってきたのです。家のなかを明るくし,百合子が残された日を楽しく過ごせるようにと願っていたのに,当人はそんなことを考えていたのだと思うと,ますます自分の無力さを感じました。
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