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女鑑~おんなかがみ~
第16章 献身
花見に先立って,二十人を超える芸舞妓に,みやこ呉服の上質な着物が祝儀として新しく贈られた。仕出しの弁当も料亭から最上級のものを運ばせ,旦那様のほかにも何人もの旦那衆が集まり,近頃はまれにみるような絢爛豪華な花見となった。
これがすべて,小紫がみやこ呉服の旦那に世話になっていることによって実現したものであるから,年長の芸妓たちも,置屋のおかあさんやおねえさんも,みな小紫に礼を言い,小紫は内心,かなり鼻が高かったのだ。

それがまさか,輝虎の通う小学校の遠足と同じ場所だったとは。

一瞬見かけた弟は,最初こちらへ駆けてこようとしたが,旦那様が一緒だとわかると,怒りに満ちた蒼白な表情になった。

そのときはそれきりであったが,その日以来小紫は,「弟のために辛抱…」という大義名分を疑うようになった。それでもそれを疑っても今更どうしようもなく,ただ毎日の暮らしに慣れていった。

芸事の稽古,お座敷でのお披露目や接待,周囲の人の妬みや反発を買わないための心遣い,そして旦那様のお相手。
いつの間にか,小紫はそれを心待ちにしていた。今夜はお越しになる日,と思うと自然に身体の奥が熱を持ち,湿り気を帯びてくるのだ。


そんな夏の終わりに,小紫は,旦那様が暴漢に襲われてけがをしたので当面は来れない,という知らせを聞いた。
不安な数日の後,今度は父から書状が届き,その内容に驚愕した。
旦那様を鴨川のほとりで待ち伏せて襲撃したのは輝虎だったというのだ。
このままでは輝虎が殺人未遂で感化院に入れられるかもしれない。来年は中学だというのに前科者になってしまったのではご先祖様に申し訳が立たない。
なんとか穏便に納められるよう,旦那様と警察に頼んでくれ,という主旨であったが,そのなかに「姉であるお前が浮かれて派手な花見をしていたのが,この騒動の一因だ」という一文を見つけ,心が凍り付くのを感じた。
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