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女鑑~おんなかがみ~
第10章 追懐
「そうだったのですか。」
と千鳥が少し驚いた声を上げた。
「そうだよ。話していなかったかね。お前さんとは長い付き合いになるけど。
そういえば、小鶴は何か聞いているんじゃないか、私のこと」
小鶴は京都で舞妓から芸妓になったばかりであったのだが、強引に身請けしようとする客と揉め、このままでは置屋にまで迷惑がかかるということもあって、女将の伝手でむらさき屋に移ってきたのだった。小鶴がいたのは、女将が若いころにいた置屋であった。
「うちが前にいた置屋のおかあさんは、こちらの女将さんとは、舞妓さんのときからご一緒やったって聞いてます。
舞でもお三味線でも、女将さんが一番よう稽古してはって、一番お上手やったっておかあさんから聞きました。それ以上詳しいことは、ようわかりませんけど」
と答えた。
「芸妓になるんが、女の出世やと信じて、そして弟の立身出世のためやと信じて、喜んで売られてきたんだよ。
まあ、流石に、伊藤公や木戸公の細君になれるとは思っていなかったけどね。
ああいうのは、ご維新のあとのほんの一時期のことで、二十年もたったら、どこのお偉方の細君も全部女学校出ばかりで、花街上がりなんて妾になるのがやっとになっていたんだけれどね。
どこにも、時流の読めない人間というのはいるものだよ。」
と笑った。
「でも、舞妓さん芸妓さんと、私ら女郎とは全く違うのでしょう。」と朱音。
「表向きはね」と女将は小鶴と顔を見合わせた。小鶴も意味ありげな含み笑いをして見せた。
「いつも二言目には、芸妓は芸を売るので身を売るのではない、と、女郎を下に見ることばかり教えられて、一生懸命に踊りと三味の稽古をしたよ。自慢じゃないが私が一番稽古をしたし、一番上手くなった。小鶴の前の置屋のおかあさん、ありゃ私より二つほど姉さんだけど、踊りも三味もすぐに私のほうが抜いたからね。」
小鶴が苦笑いをする。
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