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女鑑~おんなかがみ~
第11章 嗜虐
若槻のところに一通の書状が届いた。面倒な用をいつも頼んでいる女衒が,むらさき屋の女将から預かってきたのだ。
仕事の性質上,日本各地,さらには上海などの外地や以前には欧米にも頻繁に行き来する若槻は,単身者用の安い借家でしばらく暮らすこともあれば,そのときの仕事によっては,ホテルや旅館で長逗留を決め込むこともあり,自宅の住所というものを持たなかった。

若槻は,この書状を受け取ることは予想していた。むしろ,もっと早く来るのではないかと思っていたほどだった。
「お,ずいぶんとお高いところを指定してきたものだな」と若槻は呟いた。
女将が面会の場所として指定したのは,小規模ではあるがかなり高級で,お偉方が内緒話にも使うような料亭であり,当然ながら,多くのお偉方の汚れ仕事をも引き受けている若槻自身も何度も利用したことがあった。

若槻は紋付の羽織を着て指定された料亭に赴いた。
予想した通り,先客は山の手の奥様かと見まがうような訪問着で,髪もわざわざ堅気らしく結われていた。

「姉上様,お久しゅうございます」
若槻がそう言うと,姉は何年も前と同じようにぴしゃりとした声を返した。
「そのように呼ぶのはおやめなさい。お名前に傷が付きます」
二十年近く前,京都の大きな料亭で言われたのと同じ言葉だった。
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