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お嬢様の憂鬱(「ビスカスくんの下ネタ日記」サイドストーリー)
第10章 痛みの問題
 確かに、結婚するのですから、ローゼルはお嬢様では無くなります。それに、ビスカスは辞めてしまうのです。「お嬢様」と呼び続けるのは、変でしょう。それは、分かって居るのですが。

(泣いたらリアンに責められるかもしれないけれど……でも、もう、お別れなんだもの……)

 これから長い年月を、ローゼルはビスカスから離れて、リアンと生きていくのです。

(リアンと暮らして、子どもを産んで、育てて、年老いてーーそのどこにも、ビスカスは居なくなるんだもの……)

 そこまで思った時、ローゼルはぞっとしました。
 そして、ぞっとした自分に、もう一度、ぞっとしたのです。
 リアンは申し分無い夫になるでしょう。賢く美しく明るい青年です。家を継ぐローゼルを支えていくと誓ってくれました。皆と集まって居る時は、朗らかで人当たり良く、社交的で楽しい時間を過ごせる相手です。家族も皆賛成し、祝福してくれています。
 ……ただ、一つだけ。
 二人きりの時や、自分が女として扱われる時に、怖かったり、痛かったり、ローゼルが気持ち悪いと感じる事をして来たり、嫌な事を強いられたりするだけなのです。止めて欲しいとローゼルが言っても、我が儘だ、甘えだ、慣れないからだと笑われて、そういう事は誰もがしている普通の事だと諭されました。ローゼルは、きっと自分が普通では無いのだろう、慣れれば大丈夫になるかもしれないと、今までずっと息を殺しながら、思って来ました。
けれど。

(……助けて……)

 自分の口からとても小さい呟きが零れて、ローゼルははっと驚きました。

(私、どうして)

 助けて貰いたい訳が有りません。
 ローゼルは、今からリアンと婚約するのです。失ったものの心地良さに一時浸ってしまったために、その頃に戻りたいと甘えた気分になっただけなのです。
 ビスカスには、大事な誰かがちゃんと居ます。ローゼルは、それを知っています。どうして助けて欲しいなどと思う事が有るでしょう。

 幸い、少し離れていたビスカスにも誰にも、今の言葉は聞こえて居なかった様でした。今日で全部忘れようと思いながら、ローゼルは終盤の振り付けを軽やかに踊りました。
 幼い頃の約束を果たすと言っていた通り、ビスカスは最後にローゼルをくるくると回してくれました。回り終えたら、リアンの元に行くのです。

 それで、踊りは終了の筈でした。
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