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お嬢様の憂鬱(「ビスカスくんの下ネタ日記」サイドストーリー)
第10章 痛みの問題
 リアンの所に行く寸前に、ビスカスはローゼルの手の甲を掬い取り、指を絡めて手を握りました。驚いて顔を見ると、咎める様な目でローゼルの手首を見ています。ローゼルが自分の手首を見ると、腕輪がずれて真新しい痣が露わになっておりました。

(腕輪で隠し通せると思ったのに)

 ローゼルは、ぎゅっと目を瞑りました。
 ビスカスに、知られてしまいました。ビスカスはローゼルを傷付けた誰かの事を、許さないでしょう。そして、それを隠す事でローゼルを傷付ける事を許してしまった、ローゼル自身の事も、同じく。

(ごめんなさい。貴方が守ってくれていたものを、私は守れなくなってしまったの)

 ローゼルの眦には見る見るうちに涙が満ちてきて、体は細かく震え始めました。
 そのローゼルを、ビスカスは手首を軽く引いて自分に引き寄せ、両腕で抱いてくれました。
 それはふんわりと柔らかいのにしっかり包んでくれる様な抱き方で、小さい頃からビスカスだけが与えてくれる、ローゼルを守るこの世で一番優しい覆いでした。
 ローゼルが驚いていると、ビスカスはローゼルの背中を、何度かゆっくり、とん、とんと軽く叩きました。

(私のこと、怒ってないの……?)

 ローゼルはビスカスの肩に頭を預けて、詰めていた息を深々と吐きました。
 ローゼルは久し振りに、心からほっとしました。今まで堰き止めていた涙が、どっと溢れ出しました。

「おい!これはどういう事だ?!」

(今だけ、許して)

 リアンが、怒鳴り声でビスカスを詰りました。その怒声にビクッとしたローゼルは、心の中でビスカスの恋人に謝ると、思い切ってビスカスの背中に両腕を回しました。ビスカスはローゼルに応える様に、きゅっと抱いてくれました。

「……これぁ、どういう事ですか?」

 ビスカスは怒りを含んだ静かな声で問い掛けながら、ローゼルの手首の内側を、誰かの方に見せました。

「お嬢様ぁ、肌が弱ぇんだ。強引に扱ったら、すぐこうなりやす。……新しい靴は靴擦れが出来るから三回は家ん中で履かねぇと外はお歩きになれねぇ、虫に刺されて引っ掻くと周り中腫れるから掻かずに湿布を当てなきゃいけねぇ、重い物を腕に提げて持ったりしたら腕の内側が痣んなる……お嬢様ぁ、そんなお人なんですよ」

(ビスカス……ビスカス、ビスカスっ)

 ローゼルは、ビスカスにぎゅっとしがみつきました。
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