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僕と彼のイルミネーション
第3章 不協和音
忙しさのお蔭で、嫌な出来事を忘れられる。
たまに笑って腕を叩かれたりするくらいで、客は変に触って来ない。
マンションにいるより、余程いい。
「瑞希、カウンター入れよ」
通りすがりの龍に言われてカウンターへ行くと、拓海と真琴の姿が無い。
拓海は客の席に着き、真琴が一緒にいる。事情は分からないが、何となく安心した。
僕は元気な真琴しか知らない。その裏に、何があっても。
龍も同じなのだろう。表と裏の顔がある。
軽く頭を振り、今だけは忘れようとした。ここは仕事場だ。席にも着けるようになり、少しずつ成長出来ているように感じる。
一度は、この街で生きて行くと決めた。それなら、胸を張って仕事を熟せるようになりたい。そうしていれば、いずれは龍のマンションを出て行かれる。
「何だよー」
「いいじゃん!」
土曜日のような、拓海と真琴の声。それにも、笑顔になれる。
「瑞希くんは、呑まないの?」
「ジュース、頂いてもいいですか?」
頷く客に礼を言ってから、自分でジュースを作って乾杯。ちゃんと伝票に付けておくのも忘れない。
洗い物をしながら、客と話す。カウンター内の仕事なら、自信がついてきた。
みんなと性癖が違うという理由だけで、自信が持てなかった頃の自分とは違う。
どこへ行っても、嫌な事はあるだろう。でも、それを乗り越えなくちゃいけない。
龍がカウンタ―に入って来たから、調理を始めるのかと思った。でもそのまま僕の後ろを通り、奥の狭い部屋へ行く。
従業員が荷物を置いたりするだけの、本当に狭い部屋。
真琴がいなくなった席には、別の客が座っている。知らない顔だが、挨拶をしながら隅へ行った。
「いいのか?」
途切れ途切れだが、龍の声が微かに聞こえてくる。どうやら、電話をしているようだ。
もう店は満席で、客を呼ぶ場所は無い。
「ああ。分かった」
出てきた龍はスマホをポケットに入れると、調理を始めた。
空き待ちの客への電話なら、以前隠れずにしていたのに。益々龍が分からなくなる。
「瑞希くんはさあ……」
客に話しかけられ、頭を切り替えた。
今は仕事中だから、龍が何をしようと僕には関係ない。