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エメラルドの鎮魂歌
第7章 木漏れ日の道
「…瑞葉、あんたの絵を描かせてくれないか?」
藍が突如として言い出したのは、別れ際であった。

「…絵?僕の…?」
「うん。俺は今、美術学校に通っていて…来年の春の展覧会に出す絵に何を描こうかずっと考えていたんだ。
…あんたに会って心が決まった。
あんたをモデルに絵を描かせてくれ。
週末、ここに通いに来させてくれないか」

「それは、出来かねます」
瑞葉より先に返答したのは、八雲であった。
感情を微塵も感じさせない冷ややかな能面のような貌で、彼は淡々と続けた。
「貴方は瑞葉様の秘密をご存知の方です。
そして貴方の存在もまた秘密裏にしなくてはならないのです。
藍様が頻繁にこちらに伺われたら、あっと言う間に世間の噂となることでしょう。
ましてや絵のモデルなど…。
世間に公表されたら瑞葉様のことを良からぬ詮索をする者も現れるでしょう。
…第一、瑞葉様のご負担が過ぎます」
「俺と瑞葉のことは知られないようにするよ。
絵だって、瑞葉だと特定されないように描く。
絶対にあんた達には迷惑をかけないから…」
青山は二人のやり取りを興味深げに眺めていたが、ふと押し黙っている瑞葉に視線を向けた。

「…君の気持ちは?瑞葉くん。
君はどうしたい?」

皆の注目が瑞葉に集まる。
八雲の深い瑠璃色の瞳をこわごわと見上げ、瑞葉は白い両手を胸の前できゅっと握りしめた。
可憐な薄桃色の唇が、ゆっくりと開かれる。

「…僕…藍さんのお役に立つなら…やってみたいです。
…藍さんがどんな絵を描かれるのか…見てみたいです」
小さく辿々しいながらも、はっきりとした意思表示であった。

八雲の瞳が信じられないものを見たかのように見開かれた。
瑞葉が八雲の意に反した発言をしたのは、生まれて初めてのことであったのだ。
「…瑞葉様…」
瑞葉の白い手が八雲の腕を強く掴んだ。
「八雲、お前の心配してくれる気持ちは分かる。
…でも、僕はやってみたい。
…藍さんに…僕の絵を描いてもらいたいんだ」

そう言い放ったエメラルドの瞳には、いつにない情熱と興奮に満ち溢れ、眩しいほどに輝いていたのだ。



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