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エメラルドの鎮魂歌
第8章 エメラルドの鎮魂歌 〜終わりの序曲〜
…翌朝、瑞葉が目覚めると寝台に和葉の姿はなかった。
ゆっくり起き上がり、声をかける。
「…和葉…?」

「先ほど、お発ちになりました。
…瑞葉様のお泣きになるお貌を見るのは忍びないと仰って…」
音もなく彫像のように整った美しい執事が現れた。

…和葉が去る時に、瑞葉はいつも涙ぐんでしまうのだ。
来月、正式に軍艦に乗船する和葉とは当分会えない。
恐らく、瑞葉の寂しがる貌を見たくなくて、眠っている間に発ったに違いない。
「…八雲…」
瑞葉の肩に温かなガウンが掛けられる。
ぽつりと呟く。
「…僕は、和葉に嘘を吐いたままだ…」
「お歩きになられることをですか?」
八雲が跪き、瑞葉を見上げる。
頷いて、苦しげに俯く。
「今日こそ打ち明けようと思ったけれど、もし打ち明けたら和葉は僕に家督を譲ろうとするんじゃないか…て。
そうなるのは絶対に嫌だ…。
僕はもう和葉を煩わせたくない。篠宮の家は和葉が継ぐのが相応しい。
…僕には…お前がいればそれでいい…。
お前とこのまま、ここで静かに暮らせたらそれでいい…。
それ以上は何も望まない」
「…瑞葉様…」
深い瑠璃色の瞳が、優しく見つめる。
「貴方は欲がない…」
男の温かな手が、頬に触れる。
その手に手を重ねる。
「…欲張りだよ。だって、僕はお前のすべてを独占したいんだから…」
八雲が、ふっと微笑う。
「…どうぞ、お好きなように…。私のすべてはもうずっと貴方のものだ…」

瑞葉が男の首筋に細い腕を絡める。
口づけを求めて…ふと長い睫毛の下から悪戯めいた眼差しで見上げる。
「…僕は和葉とキスをしたよ…」
八雲の端正な眉が少し跳ね上がる。
「…それはそれは…」
八雲は大胆な動作で瑞葉を抱き寄せる。
「和葉様とのキスは気持ち良かったですか?」
官能的な男の色香を滲ませ、唇を寄せる。
「…気持ち…良かった…すごく…」
甘美な罪の果実のような味を思い出す…。
男は喉奥で笑い、噛み付くように唇を奪う。
「…悪い子だ…」
…悪い子には…と言いかける語尾を、瑞葉が引き取る。
「…お仕置きをして…たくさん…」
妖しく光るエメラルドの瞳…。
魅入られるように…惹き寄せられるように、八雲はそのまま寝台に瑞葉を押し倒す。
唇を奪いながら、片手で紗幕を下ろす。

…朝は途端に物憂げな薄闇に姿を変えた…。
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