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エメラルドの鎮魂歌
第8章 エメラルドの鎮魂歌 〜終わりの序曲〜
…八雲は、瑞葉の世界のすべてであった。
物心ついた頃より、瑞葉のそばには八雲がいた。
八雲しかいなかった。
祖母 薫子の叱責を恐れた父親は、滅多に瑞葉の部屋に来てはくれなかった。
母親は薫子の目を盗み、時折子ども部屋に来てはくれたが、それも弟の和葉が誕生すると次第に脚が遠のいた。
ナニーやメイドはいたが、薫子の眼を気にして、最小限の世話や関わりしか持とうとしなかった。

「お母ちゃまは、どうしてみずはに会いにきてくださらないの?みずはが、みにくいから?」

…まるで西洋人のような髪や瞳ね。私にも征一郎さんにも千賀子さんにも似ていないわ。
お前は、何て醜い子どもなのかしら…!
たまさか貌を合わせると、吐き捨てるように薫子に言い放たれたことを瑞葉は強く記憶していたのだ。

大きな瞳に涙を一杯に浮かべた瑞葉を、八雲は抱き上げ優しく眼を合わせた。
深い瑠璃色の瞳は、吸い込まれそうに美しかった。
「いいえ、瑞葉様。瑞葉様は世界で一番お美しいです。
…その蜂蜜色のお髪も、美しい湖のようなお目も…ミルクのように白いお肌や、さくらんぼのように可愛らしいお口も…。
世界中の美しいものをすべて並べても、瑞葉様にはかないません。
八雲は、瑞葉様のお貌が一番好きですよ…」

母親に会えない寂しさや、薫子の呪詛のような言葉により齎された心の寒さや強張りが、柔らかく溶けだしてゆくのが分かった…。

瑞葉は小さな手で、ぎゅっと八雲の首筋にしがみついた。
「…八雲…だいすきだよ…ずっと、ずっと、みずはのそばにいて…はなれないで…」
大きな温かい手が、瑞葉の髪を慈しむように撫でる。
柔らかな低い声が、鼓膜をくすぐる。
「…はい、瑞葉様。
八雲は瑞葉様から離れません」
「ぜったいだよ?」
しがみついた男の身体からは、良い薫りがして瑞葉は頬を擦り付けた。
微かな笑い声と共に、穏やかな声が聞こえた。
「…瑞葉様が、嫌だと仰っても離れません」
ぱっと貌を上げ、抗議する。
「そんなこと、言わないよ!みずはは八雲がだいすきなんだから!ずうっといっしょにいるんだから!」
…吐息のような微笑みと八雲の温かな唇が、天使の羽のような感触を残して瑞葉の額に触れたのが分かった…。



…八雲…お前を…愛している…。
瑞葉は、子どものように膝を抱えて瞼を閉じた。
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