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エメラルドの鎮魂歌
第8章 エメラルドの鎮魂歌 〜終わりの序曲〜
…瑞葉が八雲のことで知っているのは、ほんの僅かなことだけだ。
父親が外国人で、母親が日本人だったこと…。
両親は離別し、八雲は母親に育てられたこと…。
母親亡き後は、神戸のホテルで働いていたこと…。

それだけだ。
「お前の話を聞きたい。
…ねえ、八雲のお母様は?どんな方?」
ふっと小さく微笑うと、八雲は瑞葉を見た。
「…普通の母親ですよ。大人しくて平凡な…どこにでもいるような…」
…けれど…と八雲の深い瑠璃色の瞳の色が微かに柔らかくなる。
「私が混血児と虐められた時は必ず庇ってくれました。
普段物静かなのに、どこにそんな怒りを隠していたんだと思うほどに…」
「…そう…良いお母様だね…」
瑞葉が少し寂しげに微笑った。
…千賀子は瑞葉に会えばとても優しくしてくれたが、薫子が現れると小動物のように怯えて姿を消した。
瑞葉に冷たい言葉を吐く薫子から、身を呈して庇ってくれたことも一度もない。
千賀子のことを瑞葉は好きだが、未だに母親として複雑な思いを抱いてしまうのはそこだ。

心を汲んだかのように、八雲がさり気なく引き締まった腕で瑞葉を抱き寄せる。
「…ねえ、八雲のお父様は?どんな方?」
八雲の美しい瞳が細められ、声は幾分温度を失う。
「…さあ、どんなひとだったのか…。
私が生まれると直ぐに国に帰ってしまいましたので…。
母親が語る父親しか知りません。
…けれど…」
瑞葉の髪をゆっくり優しく撫でる。
「…美しい髪と瞳の持ち主だったそうです…。
母親は繰り返し語ってくれました…。
よほど愛していたのでしょう。…自分と子どもを捨て、去ってしまうような男を…」
瑞葉は八雲の瞳を見つめ返す。
「…お母様は、そんなことどうでも良かったんだよ。
そんなことを超えてしまうくらい…お父様を愛していたんだよ…」
八雲の手が瑞葉の貌を捉える。
「…貴方は…私のすべてを知りたいですか?」
吐息が触れ合う距離で尋ねられ、頷く。
「知りたいよ。だって、八雲は僕のすべてだから。お前のことは、何でも知りたい」

八雲が体重を掛けないように瑞葉の上にのし掛かる。
ランプの灯りに照らされたその彫像のように美しい貌は苦しげに微かに歪んでいた。

「…すべてを知れば…貴方はきっと私を…」
「…え…?」
聞き返した唇を、八雲は狂おしく奪った。
そうして微かに告げられた言葉は、遂に形は成さなかったのだ…。

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