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エメラルドの鎮魂歌
第9章 エメラルドの鎮魂歌 〜秘密〜
「大丈夫かい?瑞葉くん」
肩を震わせ俯く瑞葉に、先ほどからずっと無言で状況を見守っていた青山が労わりの言葉を掛ける。
「…はい…。すみません…こんな…見苦しいところをお見せしてしまって…」
まだ震える白い手を、青山はそっと握りしめる。
「気にしなくていい。…あんな話がいきなり出たら誰でも動揺するさ。
…しかし、篠宮家の方々は余りに身勝手だな」
瑞葉に代わり、憤ってくれる青山の優しさが身に染みる。
「君を廃嫡にしておいて、状況や時代が変化した途端に呼び寄せるなど…」
普段朗らかで寛大な彼の口から珍しく批判的な言葉が溢れ出る。
「…そうですね…。でも…それだけ困っているのかも知れません。祖母も…両親も…」
…千賀子一人で来たのは、もしかすると薫子や征一郎に焚きつけられて来たのかも知れない…。
千賀子は悪い人間ではないが、周りに流されやすい弱い人間なのだ。
「君は東京に…篠宮の家に戻るつもりなのか?」
青山の言葉に、瑞葉はきっぱりと首を振った。
「いいえ。僕はもう篠宮の家に戻るつもりはありません」
…あの冷たく緊張する家…。
和葉が亡くなった今、あそこにもはや自分の居場所はない。
「…では、私と一緒にパリに来るかい?
先ほどの返事の続きを聞きたいな」
青山はパリ行きの話に水を向けた。
瑞葉は青山の眼差しをしっかりと受け止め、首を振った。
「…青山様と藍さんのお気持ちは本当に嬉しかったです。
でも僕は、パリには行きません。
…八雲と離れて、僕の人生はないのです」
「なぜ?彼が恋人だからかい?
…それにしては、君たちは余り幸せそうには見えないね。
いつもぎりぎりの断崖絶壁で愛し合っているように、私には見えるのだよ」
鋭い眼差しと言葉を受け、瑞葉はゆっくりと長い睫毛を瞬いた。
そこには青山の瑞葉への思いが確かに感じられた。
「…そうかも知れません…。僕たちはきっと幸せな恋人同士ではないのでしょう。
お互いがお互いに依存して、雁字搦めになっている…。身動きができないくらいに…」

…桜の樹の下…。
忘れようとしても忘れられない陰惨な秘密が眠っているのだ…。
八雲だけの罪でない…。
瑞葉も決して忘れてはならない苦しい罪だ…。

「…だからこそ、僕たちは離れてはならないのだと思います。
僕たちは、ここで生きて行きます」

…忘れることを赦されずに…ここに囚われることを罪滅ぼしに…。
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