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エメラルドの鎮魂歌
第12章 エメラルドの鎮魂歌 〜瑠璃色に睡る〜
その日、瑞葉は祖母 薫子が部屋に近づく気配を感じ、慌てて次の間に逃げ込んだ。

…薫子は、瑞葉を毛嫌いし憎んでいる。
貌を合わせると、針のように鋭い言葉しか吐かないので瑞葉は薫子を極端に恐れていたのだ。

…お祖母様、何のご用かな…。
瑞葉は恐る恐る部屋に続く扉を細く開け、様子を伺った。

…薫子が八雲に詰め寄っていた。
八雲は美しい眉を顰め首を振り、何かを拒んでいた。

…何の話をしているのだろう…。
瑞葉は耳をそばだてた。

「…大奥様、何を仰るのですか」
八雲の硬い声に続き、薫子の冷笑混じりの声が聞こえた。
「簡単なことでしょう。…今度、瑞葉が生死を彷徨うような高熱を出したら、これを飲ませなさいと言っているだけですよ。
…あの子はどうせあと何年も生きられ無いのです。
それならば悪戯に生を伸ばすより、一思いに楽にしてあげた方が親切というもの…」
八雲の端麗な美貌が険しく気色ばむ。
「薫子様!」
薫子の密やかな声…。
八雲の耳に耳打ちする様子が妙に艶かしい…。
「…これは全く苦しまずに眠るように心臓が止まる秘薬なのですよ。
私を捨てドイツに帰ってしまった母が、私に残したものです。
…混血児で虐められ、世を儚みたくなったらこれをお使いなさいと…。
ふざけた母親だわ。
…けれど今は母親の気持ちが、少し分かります。
…瑞葉は生きていても幸せにはなれません。
あの異端の容姿に虚弱な身体…立つことも歩くこともできない…。
…いっそ儚くなった方が、あの子のためなのですよ」
無言の八雲の手を取ると、薫子は銀色の小さな薬入れを握らせる。

薫子が去る絹擦れの音が聞こえ、それはやがて扉を開ける音と共に消えた。

…八雲は…どうするのだろう…。
心臓が痛いほど鼓動を立てる中、瑞葉はエメラルドの瞳を大きく見開き見つめた。

八雲は忌々しげにため息を一つ吐くと、その薬入れを躊躇うことなく部屋のそばの屑入れに投げ込んだ。

瑞葉は全身の力が抜けるほどに安堵した。

廊下から八雲を探す執事の声が聞こえた。
八雲が退出すると、瑞葉は急いで部屋に駆け込んだ。
屑入れに近づき、震える手で薬入れを拾う。
…そうしてそれを、ライティングデスクの引き出しの一番奥へと押し込めた…。
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