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エメラルドの鎮魂歌
第12章 エメラルドの鎮魂歌 〜瑠璃色に睡る〜
暁の薄墨色の空の中、紅蓮の炎が高く立ち昇っている。
八雲は桜の樹の根元に立ち、黒い煙りを上げながら激しく燃え盛る屋敷を振り返り、薄く微笑んだ。
屋敷中に放った火の手が一気に建物を覆い尽くしてゆく様を瞬きもせずに見上げる。

…すべて、燃えてしまえばいい…。
あの屋敷は、自分と瑞葉の暗く爛れた運命の檻だった。
…瑞葉を閉じ込め…八雲も閉じ込められていた。
けれど、それも今日限りだ。
八雲は重い鎖から解き放たれたような解放感を感じていた。

腕の中の愛おしい恋人を見つめる。
静かに睡る瑞葉は、さながら眠り姫のような美しさと清かさであった。


…あの薬は、単なる睡眠薬なのだ。
薫子から渡された薬入れを、瑞葉が屑入れから拾い上げていたのも知っていた。
その為に、急いで成分を調べると精神安定剤を含む睡眠薬だと判明したのだ。

薫子の母親が敢えてそうしたのか、それとも薫子が八雲を謀ったのか…。
それは今となっては謎のままだ。

だから八雲は瑞葉が隠した薬をそのままにした。

…まさか、その薬を瑞葉が心中のために使うとは思わなかった。
その心根の愛おしさに、八雲の胸は少年のように切なく締め付けられる。

八雲は薬に耐性がある。
いざと言う時の為に、昔から様々な薬を少しずつ身体に取り込み、慣らしてきたのだ。

…まさかそれが今、役に立つとは…。
再び、小さく笑う。

…桜の樹の傍らの池は、今宵は何故か翡翠色ではなくエメラルド色に輝き、暁の月の形を静かに水面に映していた。
八雲は月の光に照り映える瑞葉の美しく嫋やかな美貌を見つめ、話しかける。

…瑞葉様…。
私たちは今宵、死んだのです。
そして、これから再び生まれ変わるのです。
…新しく生まれ変わる私たちは、もはや父子ではない…。
名も無きただの恋人として、新しい生を生きるのです。

瑞葉の薔薇色の美しい唇に、恭しく口づけを落とす。

…そしてまだ夜の明けきらぬ仄暗い森の道を一度も振り返ることなく、永遠に後にした。




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