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エメラルドの鎮魂歌
第3章 禁断の愛の果実
「…随分、不躾な執事だこと。
晩餐を半ばに退出し私の命令に背き、そしてこんな深夜に面会を求めるなんてね」
薫子は、侍女に髪の手入れをさせている最中であった。
…鏡に映る薫子の髪は艶やかに黒く長く、とても六十に手が届く歳には見えない。

「お許し下さい。すべての罰は受ける覚悟でございます」
毅然と頭を下げる美貌の執事をちらりと睥睨し…薫子は侍女に下がるように人差し指を挙げた。

侍女が下がり、薫子はゴブラン織りの椅子に座ったまま八雲を見上げた。
「…で?何の話ですか?瑞葉の話なら聞きませんよ。もう決めたことですからね」
「はい。大奥様。
大奥様はお決めになったことを簡単に覆すようなお方ではないことは重々承知いたしております。
…けれどそこを敢えてお願い申し上げます。
瑞葉様を廃嫡になさること、今一度お考え直しを頂けないでしょうか。
…瑞葉様は確かに病弱でおみ足もご不自由でいらっしゃいます。けれど瑞葉様はとても利発でお優しく感性も豊かな素晴らしいお方です。
…加えて、あの類稀なるお美しさです。
篠宮伯爵家の誇りになりこそすれ、廃嫡にしなくてはならない理由などひとつもないと存じます。
どうか、今一度お慈悲を賜われないでしょうか」

薫子の薄い唇が歪み、低く笑いを漏らす。
「随分入れ込んでいること。…貴方のその行動は既に執事の域を超えていますよ。
…全く、あの異端児はどんな手管で貴方を垂らし込んだのやら…」
「大奥様…。
なぜ貴方様はそこまで瑞葉様を疎んじられるのですか?」

八雲の言葉を遮るように薫子は頭を振る。
美しい黒髪がはらりと乱れ、薫子の白磁のように白い頬に降り懸かる。
それを煩げに振り払う。
そして、細い眉を寄せ…深いため息を吐いた。

「私はあの子の何もかもが嫌いなのです。
美しい金髪も、宝石のように輝く翠の瞳も…奇跡のように美しい容姿も…。
あの子を見ると、私は辛かった子どもの頃を思い出します。
…周りの親戚や他人に混血児と蔑まれ…そんな私を母は見捨てて祖国に帰りました。
父親は多忙な外交官で、一年の内に数日しか帰国しない有様でした。
…今よりずっと髪の色も目の色も明るかった私は、メイドに頼み髪を染め、一人家に閉じこもりました。
自分の容姿が嫌いで仕方なかった…。
外に出られるようになったのは、髪色や瞳の色が濃く変化した思春期を過ぎてからでした」


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