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エメラルドの鎮魂歌
第3章 禁断の愛の果実
「…八雲…?こんな時間に…ああ、兄様のことだよね?
中に入って」
深夜遅く…執事が主人の…しかも年若の…部屋を訪れるには些か非常識と思われる時間帯にその扉を密やかに叩いた八雲に、察しのいい和葉はそう言いながら彼を招き入れた。

「夜分に申し訳ありません」
八雲は、丁重に詫びながらもその端正な眉間に苦悩の色を滲ませた。

晩餐会での薫子と八雲のやり取りを思い出したのか、和葉はそれを見て気遣わしげに尋ねた。
「…ねえ、八雲。兄様は大丈夫?どうされているの?」
西翼の部屋に閉じ籠ったきりの兄をずっと案じていたのだろう。
…優しい方だ…。
実に優しい…。
兄想い、家族想いの優しく勇気に溢れた眩しいほどに真っ直ぐな心を持った美しい少年だ。

八雲は、改めてこの琥珀色の髪と瞳をした美しく健やかで無垢で賢い少年を見下ろした。

「…はい。瑞葉様は大変ショックを受けられ、ずっとお泣きになっておられます」
和葉はまるで自分が傷つけられたかのように、唇を噛み締めた。
「…そう…だよね…。お祖母様は酷すぎるよ。
兄様を廃嫡にして、八雲まで奪うなんて…!」

「…はい。…何とか大奥様にお願いして、私が瑞葉様と共に軽井沢に移ることだけはお許しいただきましたが…」
「…そう…。八雲が軽井沢に…。
…それは…良かった…ね…」
やや淋しげな声が、和葉から漏れた。

聞こえない振りをして、八雲は更に沈鬱な表情で続ける。
「…けれど瑞葉様が廃嫡になられた事実は変わりません。
瑞葉様は今や誇りも尊厳も奪われました。
…弟君の和葉様はこの家の後継者になられ、お兄様の瑞葉様はまるで罪人のように、お屋敷を追われ、冬はひたすら雪に閉ざされた信州の山奥に追いやられるのです。
…私は…瑞葉様がお気の毒でなりません」
端麗な貌を歪めた八雲に、和葉は思わず近づく。
「そんなの!僕だって同じだ!」
「…和葉様…」
哀しげに和葉を見つめる八雲を、やや眩しそうに見上げてくる。
「僕は兄様に酷い仕打ちをするお祖母様を許せない。
大体、僕は後継者になりたいわけじゃないのに…!
兄様が将来、お元気になられたら兄様が家督を継げばいいって、ずっと思っているんだ」


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