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わがままな氷上の貴公子
第9章 ファイナル
今までのオレは転倒を恐れ、無難に滑り切ろうとだけ考えていた。それは、減点を避けたかっただけじゃない。転倒することが、恥ずかしいと思っていた。
どんな選手だって、僅かなタイミングのズレで転倒することはある。
恐れずにチャレンジしなければ、先は見えてこないのに……。
やっと実践出来た。
“美少年フィギュアスケーター”なんて言葉に縋っていた、くだらないプライド。
そんなもの、なくてもいいとさえ思えた。
キスアンドクライに座り、カメラに笑顔で手を振る。
前に置かれたティシュペーパーで汗を拭きながら、得点を待つ。
鈴鹿は、笑顔で背中を叩いてくる。
隣に座った振付師も、「今後は振り付けを考え直さないと」と笑顔。
得点が表示された途端、場内にまた騒めきが広がる。
シーズンベスト……。
全体一位……。
自分でも驚いて、表示板を見つめてしまった。
演技中は、ただ必死。
バックステージで考えたばかりの構成。それを無心で滑っていた。そんな状態で、転倒しなかったのは奇跡だろう。
でもこれから練習を積めば、その奇跡も実績に出来る。
鈴鹿と、振付師とも抱き合い、やっと実感した。
まだ、オリンピックは確実じゃない。この後選考会はあるが、これだけの滑りが出来て満足だった。
「悠ちゃん!!」
聞こえたような気がしたが、報告は今じゃなくてもいい。
潤も、きっと喜んでくれているはず。
立ち上がり、頭を下げてからバックステージへ向かった。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
バックステージでは、各国からの取材。今までより多いテレビ出演を終えた後、やっと家へ戻れた。
「ただいま……」
母国開催は移動がなくて楽だが、その分すぐにマスコミ対応。
海外の大会なら一晩か二晩空けてからの帰国で、時差によっては楽な時もある。
「悠ちゃん! お帰りっ!!」
真っ先に走ってきたのは潤。
ニコニコ顔を見て、安心した。
「悠斗。お帰りなさい。おめでとう」
母親も笑顔で迎えてくれる。普段は仕事で、オレがどうでもいいわけじゃないのは分かっている。
甘えたい年齢じゃないが、その存在はやはり嬉しかった。