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〜 夏の華 ショートストーリー集〜
第10章 聖なる夜の手紙
防波堤の石壁の上、その人の姿はあった。
…からりと晴れた冬の透明な空気の中、その類い稀なる美しさはくっきりと際立ち、まるで一枚の絵画のようだった。

暁を認め、ほっとすると同時にそのあまりにも寂寥感満ちた姿に胸を突かれる。

…こんな暁様を見るのは久しぶりだ…。

昔、よくこんな寂しげな暁を月城は遠くから見つめていたものだ。
…夜会の華やかな招待客らや騒めきを避けるようにして、北白川家の温室で…
会員制倶楽部の馬場で…
…苦しい恋をしていた頃の暁…。
それは、余りに美しいが脆い玻璃のような暁の姿であった。
一人悩み、苦しんでいた暁を…他家の執事であった月城は、なす術もなく見守るしかなかったのだ。

「…暁様…。
こちらにいらしたのですか…」
声を掛けると、暁は静かに振り返った。

「…月城…」
その美しい雪花石膏のような貌に…頰に流れ落ちるのは透明な涙であった。
眼を見張り、思わず立ち止まる。

「どうされたのですか?」
足早に近づくと、暁が月城の引き締まった胸元にぶつかるように飛び込んできた。
急いでその身体を抱き留める。

「…月城…!
どうしよう…。
暁人くんが…暁人くんが…戦死した…!」
呻くような悲痛な声が、胸元から響く。

あまりにも衝撃的な言葉に息を呑み、その華奢な身体を抱き竦める。
…冷たく冷えた身体…。
いつからここにいたのだろうか。
そのほっそりとした身体を強く強く抱き締める。

「…暁様…!」
月城の胸の中…暁の白い手に握りしめられたものは、まだ届くのは大変に困難なエアメールだ。

「…暁人くんが…戦死してしまった…!」
か細い悲鳴は、穏やかな南仏の波の音にかき消された。

「…暁様…」
月城は、その震えるか細い身体を、ひたすらに抱き締める。

…日本が大戦に敗北し、僅か四カ月しか経っていなかった…。



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