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僕の美しいひと
第2章 夜の聖母
慣れぬシャンパンと緊張と酔いが回ってしまった郁未はそっと客間を抜け出し、バルコニーの奥で夜風に当たっていた。

…夜会は苦手だな…。
ちらりと振り返る。
隣の舞踏室では眩いシャンデリアの灯りのもと二人の兄が、それぞれ愛らしい令嬢たち相手に楽しげにワルツを踊っていた。
…兄様たちは、社交家だし男らしいし賢いし…。

…それにひきかえ、僕は…。
女の子とお喋りも出来ないし…ワルツも踊れない…。
チビだし鈍臭いしいつも女の子と間違われるし…。
じわじわと劣等感が押し寄せる。

郁未は兄たちとは母親が違う。
郁未の母もまた後添えであった。
ただ、貴和子と違うのは、母 婉子は亡くなった先妻の遠縁の娘で、家柄は良かった。
そして、昔から知っているよしみで、兄たちとの関係も良好で、嫁いでからも直ぐに懐かれていた。
郁未が生まれると兄たちはこの年の離れた異母兄弟をとても可愛がった。
優しくされた経験しかない。
父親も、遅くに出来た郁未を溺愛している。
母はやや幼げなところはあるが優しく朗らかで、郁未を過保護なくらいに愛している。

…こんなに恵まれているのに…劣等感だなんて贅沢だ…。

分かってはいるが、ついつい立派な兄たちと比べてしまうのだ。

大叔母には、
「お兄様方はそれぞれご立派なのに…。
郁未さんは随分ひ弱でいらっしゃること。
…婉子さん、貴女甘やかし過ぎていらっしゃるのではなくて?
名門 嵯峨公爵家の子息はどのお子も完璧でなくてはならないのですよ。
もっと厳しくお育てなさい」
そう母が叱責されているところを見てしまったことがある。

…僕が逞しく男らしくならなくちゃ、お母様が馬鹿にされてしまう!

焦った郁未は進路を急遽変更した。
そのまま星南学院の高等科に進学するところを、幼年士官学校を受験したいと両親に申し出たのだ。

母は猛反対し兄たちも止めたが、父は
「…まあ、入って無理ならまた星南に通えばいいさ。
何ごとも経験だ」
と、鷹揚に笑った。

…お父様はきっと、僕が直ぐに根を上げると思っていらっしゃるんだ。

と、その時は奮起したが、今は些か気弱になっている自分がいるのも否めない…。

…本当に…僕が士官学校なんかでやっていけるのかな…。

不安な気持ちで夜空を見上げていると、仄かに蠱惑的な香水の薫りが漂ってきた。

「…郁未さん…?」
郁未は振り返った。




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