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魚の骨
第1章 契り
今日もうまく泳げなかった。
手足を思い通りに動かせても、正しい泳ぎ方を知らない私は見本を想像することさえできなかった。口をパクパクして息をする。息遣いが荒いのはうまく泳ぐふりだった。

島国の人はみんな泳げるんだろうか。
バリ島の人はどんな表情でどんな仕草でどんな匂いでどんな身のこなしをするのだろうか。

バリ島をイメージしたラブホテルのベッドでそんなことを考えながら天井を見ていた。昔読んだベタな甘い漫画で天井のシミを数えてたらすぐ終わるとかなんとか、言ってたなぁ。田舎のホテルに行けばシミくらいあるのだろうか。


隣に目をやると彼は無言で目を閉じていた。息遣いは荒い。彼の息遣いが荒い理由は、うまく泳ぐためではない。泳げることの悦びだ。その悦びがあるのなら、私はずっとうまく泳げなくていいと思っている。練習もしない。努力もしない。調べもしない。人にも聞かない。
今日もうまく泳げなかった自分に私も悦びを感じれるから。


知っていることを聞いても彼は怒らない。
知っていることを知っているのに。


「寝たの?」と聞くと、目を開けて私を見た。
彼の伸ばした手が私の肌をさする。もう、触ってない場所はないか確認をするかのように。ここでもない、ここも触ったと彼の手のひらから熱が伝わる。もう一度ここを触って欲しいと私は鳴き、私の好きな指が海の底に沈んでいく。私の声だけが部屋に響いた。今溺れてるなら彼に助けて欲しくない。私は彼のせいで溺れたい。突き落として八つ裂きにして捨てて欲しい。


優しい彼はそんなことはしない。指を沈めるだけ沈めて甘い唇で息を吹き返してくれた。
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