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第1章 繊月(せんげつ)


鴨志田(かもしだ) 雅(みやび)は、苛々していた。  


さわさわと木立の間を、植物の青い匂いを含んだ涼やかな風が通り抜けていく。  

明け方に降った小雨のせいか、空気が澄み湿度が高い。

山あいに建てられた鴨志田家の別荘は、うっそうとした木々に囲まれており、一歩奥に足を踏み入れるとそこは森以外の何物でもない。

鄙びた場所にある別荘だが、それでも持ち主の兄妹はこの別荘を好んでよく利用していた。

理由は――、

(他人に邪魔されないから……よ!)

雅は苛立つ気持ちを落ち着かせようと、山の新鮮な空気を深く吸い込んだ。

今は建物に背を向けて立っているので、いつものように表情を隠したりせず大いにむくれる。

先日十三歳になったばかりの少女の頬は日本人離れしたように白いと評されるが、今は大福餅のように膨れ上がっていた。

まさに、やきもちで――。

(大体、後藤が悪いのよ! 門の前にお兄様の知人が居たからって、やすやすと声をかけるなんて! だからあの女は、空気も読まずに居座っているのだわ!)

雅は庭のさらに奥にあたる膝丈ほどの深さの草むらから、ウッドデッキのテラスでお茶をしている兄と女をちらりと振り返る。

諸悪の根源とされている雅付きの使用人・後藤は、使用人のお仕着せを着て優雅に紅茶を振舞っていた。   

先程までは雅も同じテーブルに付いていたのだが、女にあからさまに邪険な視線を送られ、またあまりにも程度の低い女の話題に飽き飽きして「薔薇の花の世話をしてくる」と言って辞退してきたのだ。

「近くにお友達の別荘がありまして、偶然そちらに遊びに来ておりましたの」

鼻にかかった可愛い声色で、兄に話しかける女に、雅は再び背を向ける。

「ここは夏でもだいぶ涼しく、避暑にはもってこいですからね」

兄は愛想よく答える。

雅の兄、鴨志田 月哉(つきや)は二十六歳、日本で五本の指に入る大企業、鴨志田グループの総帥である。

月哉が一代で築いた企業ではないが、世襲制の歴代取締役の中でも群を抜いて商才に長け、カリスマ性もあり、将来を嘱望されたヤングエグゼクティブだ。

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