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第9章 立待月(たちまちづき)

「……それだけ、ですか?」

東海林が聞き辛そうに、月哉に尋ねる。

「敦子はそれだけしか話してくれない。東海林……お前、もしかして何か心当たりがあるのか?」

雅は遺書を残さなかった。

月哉にはまだ解らないのだ。

若くて容姿にも環境的にも恵まれ、前途洋々の雅が何故自殺に至ったのか。

「……雅様に確かめたわけではないので、私の推測でしかありませんが。ただ、一つは加賀美家との婚姻でしょう――」

「……雅は何も言わなかったから、加賀美君と同じ気持ちなのだと私は決めつけてしまった……大人になりたくない理由も、私に政略結婚の道具にされるのが嫌だったのだろうな……」

月哉は辛そうに視線を落とした。

「……しかし、もう加賀美との縁談は白紙になった」

「……『他の原因』を、高嶋氏は気づかれたのかもしれません」

「………………」

東海林はずっと雅だけが月哉に執着し、自らを犠牲にしてでも月哉の理想の妹を演じ続けようとしている依存状態にあるのだと思っていた。

しかし、それは正しいのだろうか――と思う。

多くの場合、のめりこんで止められない習慣的な行動を繰り返す依存症患者には、それを止めさせようとして患者をコントロールしてしまう『共依存』の家族がいると言う。

(もしかしたら、月哉様は無意識に雅様をコントロールし、共依存の関係を築いてしまっているのかもしれない)

月哉は頭が痛むのか、こめかみのところを指で揉んでいた。

東海林は『他の原因』を月哉に言うべきかどうか、ずっと悩んでいた。

(しかし……月哉様は本当に、気付いていないのだろうか――?)

月哉は生まれてからこのかた英才教育を受けてきたエリート、本人の能力も高く、経営者としての才覚は素晴らしいものを持っている。

一方、人間として人の心の機微に少し鈍感なところがあることは、彼に付き始めてから気づいていた。

しかし東海林は今回の件について、月哉があまりにも鈍感すぎる気がした。

東海林はちらと月哉を盗み見するが、外見からだけでは彼の思いを読み取ることはできなかった。

「雅に、私以外の血縁関係のある直系の肉親が出来るのは、もしかしたら良いことかもしれない……」

黙っていた月哉がポツリと漏らす。

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