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第9章 立待月(たちまちづき)

「……妊娠……ですか」

東海林が本日の業務は終了した旨を伝えると、月哉は東海林を飲みに誘った。

バーではいつもカウンターに座り、バーテンダーと話すのが好きな月哉が店の隅の席を指定した時から、嫌な予感はしていた。

ウイスキーが注がれたバカラのグラスの中で、丸く削られた氷がカランと涼しげな音を奏でる。

「敦子がした鑑定結果は……私の子で間違いないらしい、五ヶ月だそうだ」

ふう、と月哉は何とも言えない表情で溜め息を付く。

「どう……なさるおつもりですか?」

五ヶ月なら、中絶という選択肢はない。

しかし認知はしても、結婚はしないという選択肢も無いわけではない。

「……敦子は、認知はして欲しいと言ってきている」

それはそうだろう、と東海林は思う。

当然の権利だ。結婚まで考えていた二人の間に子供が出来るなど、時間の問題だったのだ。

「……雅がこの事を知ったら、どう思うだろうか」

「………」

(月哉様を愛している雅様の気持ちなど、手にとるように解る。決して二人の婚姻は認めず、子供も下ろして欲しいと願うだろう――)

東海林はグラスをぐいと煽る。

妙にえぐみが口内に残り、今まで飲んだ酒のなかで一番不味く感じた。

「……雅様が高嶋氏と会われたら、自殺に至った経緯を思い出される可能性が、高くなるかと」

東海林の言葉に、月哉は両手で顔を覆う。

「それが、解らないのだ……何故、雅は敦子の記憶を手離した? 何故、自殺にまで追い込まれた? 自殺前、敦子と雅に何があったのだ?」

「高嶋氏はまだ何があったのか、話して下さらないのですか?」

「昨日やっと聞けたよ……あの日、拒食症になった雅を見て居ても立ってもいられなくなり、死んだ妹の話をして雅を自分の妹として救いたいと言ったらしい」

「死んだ妹、とは――?」

「敦子には二歳下の妹がいたのだが、中学の時に亡くしたんだよ……敦子は妹の死に責任を感じて登校拒否になったが、大検を受けて進学した――敦子も哀しい女なんだ…」

着実にエリート街道を突き進んできたのだろう、そう思っていた敦子の意外な過去に、東海林は少し驚いた。

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