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第10章 居待月(いまちづき)

雅は後藤が用意してくれたバイオリンを月哉に渡すと、自分のバイオリンを調弦する。

月哉は「私は最近全然バイオリン触っていないから、伴奏だけね」と言い訳しながら、ポロリンと弦をつま弾いて見せた。

「雅さんのバイオリンはいつも聞かせて貰っていて、とても素敵よ」

敦子は大きくなったお腹を摩りながら、自分の両親に急遽始まる演奏を嬉しそうに話しかける。

雅は月哉とアイコンタクトを取って、構えた弓を降ろす。

妖艶に朗々と歌い上げられるラルゴに、月哉はにやりとして伴奏を合わせていく。

弦楽四重奏の演奏をしてくれていた楽団の者達も、楽しそうに伴奏に入る。

やがてテンポアップしたフリスカに差し掛かると、雅は華奢な身体で軽やかに弾きこなしていく。

途中から月哉がアドリブで加わり、弓を使って弾き始める。

雅は待っていましたという風に微笑むと、少しずつスピードを上げていく。

どんどんラストに向かい疾走する演奏に月哉が

「待った! 雅、速い、はやい!」

と焦る様子に、雅は破顔してラストまで走り抜けた。

二人のエキサイティングな演奏に皆が手を叩いて盛り上がった。

「み~や~び~~! 突っ走りやがって~~!」

月哉は肩でゼイゼイと息をつきながら、腕を伸ばして雅にじゃれつく。

「もう、お兄様ったら練習不足!」

雅が笑いながらくすぐったそうに体を捩った時、

「あっ――!」

敦子がいきなり大きな声を出して、お腹を押さえた。

「敦子?」

月哉は雅に抱き着いていた腕をすっとほどくと、小走りで敦子の元へ駆け寄った。

「どうした? 痛いのかい?」

心配そうにお腹をそっと擦る月哉に、敦子は温かい笑顔でゆるゆると首を振る。

「違うの、今……赤ちゃんが蹴ったの」

「え、本当に? ……あ、蹴った。今蹴った!」

月哉は敦子を見つめて、心底嬉しそうに相好を崩した。

敦子の両親もわんぱくそうな初孫の様子に大喜びで、敦子の周りに人だかりが出来る。

賑やかなお祝いムードの中、東海林は子供の成長を喜んでいるであろう雅を何気なく探す。

雅は人だかりから少し離れたところで、だらりと下げた腕にバイオリンを持ったまま、敦子達の方を硝子球のような空虚な眸で見つめていた。

(雅様――?)

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