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第13章 下弦の月

「雅様は奥様を亡くされてお辛く月哉様に会えなくてお寂しいのに、ご自分の健康を犠牲にしてまで、月都様を育てていらっしゃいます」

必死で説得する東海林の声を、月哉は虚ろな顔で黙って聞いている。

「……月哉様。こんなことをしても何の解決にもなりません……気づいていらっしゃらないのですか? 雅様、奥様がお亡くなりになられてから、以前の雅様の様に一度も我侭や弱音を吐かれず前の雅様に戻ってしまわれたかのようです……このままでは、また雅様が壊れてしまいます……」

聞いている者まで胸が締め付けられるような東海林の心からの訴えを聞いても、月哉は首をふるふると振る。

「……帰りたく……ない……」

「月哉様!」

「……東海林……怖いのだ……私は……」

スーツをびしりと着こなした誰からも羨望を集める月哉が、まるで子供のようにおどおどと脅えている。

「………………」

(なんですって――?)

聞き間違えたのかと、東海林は一瞬戸惑う。

(今、月哉様は「雅が怖い」と言われた――?)

虚を突かれて東海林は咄嗟に言葉が出なかった。

月哉の顔は強張り、薄暗い車内に時々照らされる対向車のヘッドライトで浮かび上がる顔色は、死人のように白い。

「……雅様……が……?」

月哉の一言で、東海林の心の奥隅に本人も気付かずに巣食ってきた数々の疑念が、ぶわりと目の前にその姿を顕にする。

ネットに投稿された、敦子への悪質な書き込み。

日記から、雅がやったのは紛れもない事実だ。

あれは月哉が敦子との結婚をほのめかした数日後に起きた。

雅は兄の言葉で摂取障害になるほど、追い込まれていた。

月哉は全力をあげて書き込んだ輩を探し出したが、行き着いた先は青少年健全育成条例を遵守していない寂れたネットカフェで、身分証明の提示も受けておらず、監視カメラも画質の悪さから、茶髪のギャル系ファッションに身を包んだ女であることしか分からなかった。

雅の目的は何だったのか――

鴨志田一族や内外に敦子の醜聞を広めれば、婚姻が了承されないと思ったのか。

それとも、書き込みには敦子の自宅の住所まで書いてあった。

もしかして――、

(強姦……させたかったのか――?)

ぞくり。

背筋に悪寒が走る。

東海林は、雅の日記の記述を思い出す。


『あの女なんか、傷モノになってしまえばいい』  

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