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第13章 下弦の月

相手を認識した雅が安心したようにほうと息を吐き出し、頬を緩める。

その瞳からまた一筋、涙が零れ落ちた。

雅はその冷たさに驚いて頬に手を伸ばそうとしたが、東海林がその手を優しく包み込んだ。

雅が少し首をもたげて、東海林の瞳を見つめ返してくる。

東海林はずっと雅に尋ねたかったことを、静かに口にした。


「雅様…………貴女は今、幸せですか――?」


雅の瞳が大きく揺らいだ。

狼狽(うろた)えた様に東海林から視線を外そうとする雅の手をぎゅっと自分の胸に引き寄せて、その瞳を捕らえる。

雅の瞳は迷っているのか小刻みに震えていたが、その内、心を決めたように震えが止まった。

大きく瞬きをひとつすると、東海林に微笑んでこう言った。


「幸せよ――」


その微笑みは、昔の雅を思い出させる、百合のような凛とした微笑みだった。

「……………」

東海林は目頭が熱くなり、震える瞼を閉じた。


(貴女が幸せならば、私は貴女の共犯者となろう。

 貴女のこの幸せが、少しでも永く続くように――)

東海林は燃え盛る焼却炉に、日記を放り込んだ。




その後、刑事達は何度か鴨志田に事情を聞きに来たが進展はなく、事故死として処理が進んでいるとのことだった。

月哉は屋敷に帰らず仕事にのめり込み、現実を直視しようとしなかった。

何週間も帰らない月哉に代わって、雅は月都の世話を献身的に行なった。

学校の時間は乳母に託し、帰宅してから翌朝まで殆ど寝ずにミルクやおむつの世話をし、夜泣きの酷くなった月都をあやしていた。

唯一の救いは、母親に殺されそうになりながらも雅に懐き、表情豊かになってきた月都の成長だった。

月哉が屋敷に帰らなくなって一ヶ月経ったある日の夜、東海林は堪忍袋の緒が切れ、月哉を引きずって社用車に押し込んだ。

東海林はほぼ毎日本邸に通い、土日は本邸に泊まって月都の世話を手伝っていたのだが日に日に弱っていく雅の姿に、もう堪えられなかったのだ。

「月哉様、いい加減にしてください! お辛いのは貴方だけではないのですよ。月都様だって、赤ちゃんとはいえ一月も父親に会えないなんて、良い訳ありません」

東海林は向かう車の中で、月哉を説得する。

「……東海林」

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