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第2章 晦日(つごもり)

(――この人、人の話を聞いているのかしら)

「……ええ」

「迎えに行くから、一緒に行こう」

雅は不覚にも動揺して、シャープペンシルの芯を折ってしまう。

折れた芯は机を飛び越えて、どこかへ消えてしまった。

「………………」

「お~~い、雅、聞いてる?」

「何故、そんな非効率的なことを……。お互い各々で行ったほうが、時間の短縮になると思いますが」

雅は、今度は面倒臭いという気持ちを全面に出して、顔を上げた。

「そんなの、少しでも雅と一緒に居たいからに、決まってるじゃん」

普通の女生徒なら見目良く、かつ、鴨志田に並ぶ家柄の彼にこんな事を言われたら、裸足で逃げてしまうだろう。

しかし、雅にはそんな軟派な発言は通用しない。

「お兄様に誤解されるから、絶対嫌です」

雅はまた視線を文献に落とすと、一刀両断した。

「いいの~~? そんなこと言っちゃって……。怪文書のこと、ばらしちゃうよ?」

加賀美は雅に接近すると、小声で耳元に囁く。

「……脅迫ですか」

雅の整った眉が、ピクリとひきつった。



今から一週間前、雅はこの図書館のプリンターで、蜷川理子への脅迫文をプリントしていた。

確かに人目につきやすいが、私室や理事室のプリンターで印刷した場合、万が一調べられたら直ぐにばれてしまう為、人気の少ない時間を狙ってわざわざここで印刷することを選んだ。

WORDに打ち込んだ文章を、直ぐ隣のプリンターでプリントアウトする。

吐き出された紙を指紋がつかないように注意深く取ろうとした時、すっと横から伸びた手に奪われてしまった。

「なになに……え~~! これって怪文書ってやつだよね。鴨志田のお姫様」

目の前には、紙をつまんだ加賀美が、ニヤニヤ笑いながら立っていた。

お互い言葉を交わすのはこれが初めてだったが、それぞれ有名な二人は互いに見知っていた。

ざっと血の気が引く音が聞こえそうなほど、雅は目の前が真っ暗になった。

(人が周りにいないことは、ちゃんと確認したはずなのに――!)

「……返してください」

声が震えて迫力不足になってしまったが、雅が詰め寄ると、加賀美はあっさりと紙を返した。

「あんまりおいたしちゃ駄目だよ、雅」

加賀美はそう言うと、雅の頭をぽんと撫で、去っていったのだ。



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