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第3章 三日月

「ええ、実は学園の夏季課題が発表されたのですが、身近な社会人に取材をしてレポートにまとめなさいという課題で……」

「へえ、懐かしいな。私も一年の時にやったよ。まだ両親が生きていたから、私は父を取材したんだ――」

兄は昔を懐かしむような眼差しで遠い目をする。

「父は喜んでくれたよ。元々子煩悩な人なのに、仕事が忙しくて家になかなかいられなかったからね。一週間ずっと傍で父の仕事振りを見ていたよ……。今から思えばあれが父と『過ごした』といえる最後だった……。今ではその時に感じた経営哲学は私を助けてくれている、教師達から学んだ事よりね」

そう言って月哉は微笑んだ。
「……そう」
雅が淋しそうな顔をしている様に見えたのだろうか、月哉は自分の座っているソファーの右側を、ポンポンと叩いて雅を誘う。

誘われるがまま隣に腰をかけると、月哉の大きな掌で頭を撫でられる。

「雅は小さかったから、両親の事は覚えてないだろうけど……」

(ええ、私には関係の無い人達だわ――)
記憶していない両親について聞かされても、雅のその大きく黒目がちな瞳はどんな感情にも揺れることはない。

「雅には私がいるから……」

雅の頭にのせた掌に顎を置いた月哉から、ぽつりと言葉が降ってくる。

その言葉が直接雅の心に言い聞かされたように、脊髄を伝って体中に暖かい気持ちが染み渡っていく。

「お兄様――」

(そう、お兄様だけでいいのよ――)

「で、雅は私を取材したいと?」

雅から身体を離した兄は、にこにこという表現以外当てはまらない満面の笑みで、雅に問う。

「ええと……お父様との思い出話の後に悪いのですが、あの女の弁護士さんに頼めないでしょうか?」

遠慮がちに雅は答える。

「えっ……高嶋さん?」

一瞬、兄の目に戸惑いの色が浮かんだのを雅は見逃さない。

「そう、高嶋さん。私、前から弁護士という職業に興味があって……同じ女性のほうが色々参考になることもあるかもしれませんし……」

「雅、弁護士になりたいの?」

兄は嬉しそうに雅の顔を覗き込む。

「いいえ、今のところは興味があるだけなのですが……。駄目でしょうか?」

雅は可愛く小首を傾げて兄を見つめる。

雅は滅多に兄を困らせることは言わないし、いつもならこれをやると百発百中、兄は落ちるのだが、今日は違う。

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