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第4章 弓張月(ゆみはりづき)

「お兄様、今お帰りになったの?」

翌朝。雅は玄関ロビーへ続く階段を下りながら、大阪から直接戻ってきたとみられる兄に声をかける。

「ああ、雅か、おはよう」

階段の中腹に雅を見つけると、月哉は一段飛ばしで階段を上がって雅を軽く抱きしめた。

敦子と何かあるのではないかと昨日はなかなか寝付けなかった雅だが、月哉が早朝に帰宅したことで安堵し、兄の胸の中で不敵な笑みを浮かべおはようございますと答えた。

「ごめんね、結局私も大阪に行くことになってしまって……本当は雅を一人にしたくなかったのだけれど」

「そんな、お仕事ですもの。しょうがありませんわ。それより顔色が優れないけれど、ちゃんと睡眠はとれました?」

心なしか月哉の精悍な顔に陰りがあり、疲れが滲み出ている。

「飛行機で眠れたから大丈夫だよ、午後からまた出社しないといけないしね」

雅を安心させようと月哉は微笑んでみせる。

「月哉様、バスの準備が出来ております。早くお休みになってください」

使用人が月哉を促すと、雅は名残惜しそうに腕を離す。

月哉は「今日の夕食は一緒に取ろうね」と雅の頭をくしゃりとなで、体を離した。

その瞬間、雅の鼻腔をかすかな花の香りがくすぐった。

使用人に伴われていく月哉を見送りながら、雅はその場で腕組みをして考え込む。

(何の香りかしら……以前どこかで嗅いだことがあるような気が――)

「お嬢様、こちらにおられましたか。食後の紅茶をご用意いたしました」

玄関ロビーに後藤が現れ、我に返った雅は私室に戻った。

リビングに入ると既にポットからいい香りが部屋中に充満していた。

「いい香り」

肩に入っていた力がふと抜け、雅はほっとしてカウチに腰を下ろす。

こぽこぽと音を立てて熱々の紅茶がティーカップに満たされていく。

色は綺麗なピンク色で見た目にも楽しませてくれる。

「本日は薔薇の紅茶をご用意いたしました」

雅の頬が緩むのを見ていた後藤が、嬉しそうに告げる。

しかし、それを聞いた雅の顔は一瞬で凍りついた。

「……薔薇」

「どうかなさいましたか……お嬢様?」

(……お兄様から香った香り――薔薇だったわ)

控えめで甘くなりすぎないように調合された、薔薇の香水の香り――。

その香水の香りには心当たりが合った。

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