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第6章 幾望(きぼう)

「どうりでおかしいと思ったのよ、お兄様とお姉様が親密になるにはあまりにも時間がなさ過ぎたのに、どうして急速に距離が縮まったのか――」

雅はまたその赤い唇で、くつりと嗤う。

「まさか、亡くなった妹で同情を引いていたなんてねえ」

雅の漆黒の瞳が怒りで爛々と輝き、やせ細った身体全体から怒りの炎が上がっているかのようだった。

敦子は恐怖に顔を強張らせ、座っていたベッドの隅から腰を上げた。

「一族は、お姉様とお兄様の婚姻は認めないわ」

「………………」

「だってそうでしょう? お姉様と結婚して、鴨志田に何のメリットがあるの?」

心底可笑しそうに、雅はくすくすと嘲笑する。

「おめでたいお姉様に教えてあげましょうか。お兄様の婚約者候補は、四菱銀行頭取のご令嬢、鴨志田が事業提携を見込んでいるフランスのラインコンツェルンのご令嬢……他にもまだまだいらっしゃるけれど、お聞きになりたい?」

挙げられた名だたる名家に、敦子は目を見開き、首を振る。

「……嘘……月哉さんはそんなこと、一言もおっしゃらなかったわ……」

「月哉って呼ばないで――っ!」

割れた大きな声で叫んだ雅に、敦子は口をつぐむ。

(私が呼べない名前で、貴女なんかがお兄様の名前を呼ぶなんて、絶対に許せない――っ!)

「雅さん……もしかして貴方……お兄さんのこと――」

「何代にも渡って繁栄してきた私達一族の婚姻には、一個人の意志なんて必要ないのよ」

雅は敦子の言葉を遮り、感情のこもらない声で言い捨てた。

そんな雅を敦子は痛々しい目で見つめる。

「……雅さん……貴方が言っている事は、貴方を虐待してきた宮前の人達と、同じことを繰り返そうとしていると思わない?」

(………………虐待――?)

「……なぜ、お姉様が…………そのことを知っているの?」

敦子ははっと気づき、しまったという顔をする。

雅は信じられない思いで息をのむ。

(……虐待のことを知っているのは、私と木村弁護士の二人だけの筈よ! あの弁護士、お兄様に話したのね! これだから、大人は信じられないのよ――!)

雅は一瞬頭に血が上ったが、ある考えに思い至り、にやりとした。

「…………だったら何か――?」

「何かって……」

敦子は戸惑った表情で雅を見つめ返す。

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