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第6章 幾望(きぼう)

(私は「お姉さまのせいじゃない」というセリフを期待されているのよね、きっと。それで、この女は 「私は死んだ妹の分まで、貴方を愛しているの」とでも続けるのかしら――?)

雅は気付いた。

この女は月哉にこの不幸話をして、同情をひいて近づいたのだと。

これまでもそうやって周りの同情をひいては、利用してきたのだろうと。

兄は妹の死に苦しむ敦子を自分と置き換えて――守ってやりたいと、思ったのだ。


ひたひたと、潮が……闇が……満ちてくる――。


「お姉様が妹を階段から突き飛ばして殺したのよ」

雅は守っていた沈黙を破り、一息に言葉を発した。

自分が思っていたよりも怒りを含んだ声が出て、雅は少し意外に思った。

心の底から憎悪という名の気持ちの塊が呼び起こされるような感覚。

兄を誑かした女というだけでなく、敦子個人に対して自分の中にこんなにも憎しみの気持ちが潜んでいるとは、思っていなかった。

「…………雅……さん……?」

ずっと黙り込んでいた雅の突然の冷徹な呟きに、俯いて涙を流していた敦子の視線がスローモーションで上がり、信じられないものを見るそれになる。

その顔があまりにも滑稽に見えて、雅は吹き出してしまう。

笑いは止まらず、くすくすと雅の薄い唇から漏れる。

「あら、違ったかしら? 今お姉さまがご自分で、そう仰ったのに?」

雅は可愛らしく、首を傾けてみせる。

(滑稽だわ! あまりにも滑稽だ――。 この女は、私には到底出来ない、兄に『自分の弱み』を見せるという、卑劣な手段を使ったのだ――!)

「お姉様はそうやって、お兄様の同情を引いたのね」

「……同……情……?」

敦子は笑い続ける雅を、壊れた人形を見るような目で見つめてくる。

「そうよ、お兄様はとても優しい方ですもの。お兄様は私を育てるのに、とても苦労をされえてきたと思うわ。だから妹のことで今も苦しんでいるお姉様を、不憫に思ったのよ」

ぴたりと笑いが止まる。

「お姉様はお兄様の同情を引いて、お兄様の心に入り込んだのよ――!」

雅は汚い物を見るような目で敦子を見据え、暗い声で言い捨てた。

「……雅さん……何でそんなこと――」

いつも笑顔でお姉様と慕ってくれていた雅のあまりの豹変振りに、敦子は唇を震わせている。

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