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第8章 十六夜月(いざよい)

「勉強の遅れを取り戻すのに当初は専念されておられましたが、元々学園の授業より家庭教師にかなり前倒しで習っていた為、そんなに苦労はされませんでした。食事と睡眠は月哉様がいないと、まだ駄目ですね。本人は食べたふり、寝たふりをされるのですが――。後は、御承知の通り、性格が百八十度変わられましたけれど、逆にお世話しやすくなりましたよ」

そう言って後藤は苦笑した。

案内された中庭には既に雅と月哉がおり、雅が白い大輪の薔薇を摘む様子を月哉が少し寒そうに、しかし楽しそうに眺めていた。

「おはようございます、月哉様、雅様」

「おはよう、東海林。よく眠れたようだね。クマが無くなっている」

「冬なのに本当に薔薇が見事ですね、良い庭師の方がいらっしゃるのですね」

東海林は朝露に濡れた白薔薇を抱えている雅に微笑む。

真っ白なワンピースとファーのボレロを着て、白い息を吐きながら薔薇を摘む雅に朝の眩しい光が射しこむ。

「ええ、とても綺麗でしょう? 薔薇の紅茶もあるのよ」

雅は花束に顔を埋めて、うっとりと幸せそうな顔をする。

その時、雅の足元を大きな蜘蛛が這っているのが視界に入った。

「お嬢様、こちらへ」

後ろに控えていた後藤が、慌てて雅の腕を掴んで引き寄せる。

「なあに? あら、大きな蜘蛛ね。薔薇に巣を張らないといいのだけれど」

後藤の視線の先に慌てて逃げる蜘蛛を認めると、雅は特に驚かずに言った。

「お嬢様、虫も薔薇も大丈夫になったのですね。苦手なものが減るのは良いことです」

後藤はそう言って腕を離す。

「そういえば、雅は昆虫やら爬虫類が大の苦手だったね。避暑地でも蛇を見て驚いて足を挫いていたし。薔薇が苦手なのは知らなかったが――」

月哉が思い出し笑いをしながら、後藤に視線を移す。

「薔薇は、確か高嶋様が本邸に来られた頃から、急に苦手になられたようでしたから……」

後藤は言ってから、はっとして口ごもった。

雅はさして気にする風でもなく、メイドに花束を預けると「寒い~~」と言いながらサンルームに入って行った。

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