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泳ぎ疲れた人魚の恋
第1章 1
 途方に暮れて夜の街で酔いつぶれていたときに、ゲイ向けホストクラブ「荊縁ーーイバラエンーー」の響店長に出会い、声をかけられたのだ。
「君、よかったら、僕の店で働かない?」
 穏やかで、メルヘンの王子様のように、性のにおいを感じさせないヒトだった。
 彼の店の控え室で介抱され、酔いが醒めた有希也は、「とりあえず、見るだけでも」と促されて、店のほうに連れていかれた。
「見学だよ」と、店長がささやくと、背の高いボーイがうなずいて、有希也に軽く目礼した。彼が、ホストたちを管理している副店長で、のちに有希也を指導することになる、垂陽だ。温厚で、たれがちな瞳が印象的な美声年だが、有無をいわさぬ威圧感がある。生意気なナンバーワンも、奔放なナンバースリーも、彼にはおとなしく従っていた。マロンブラウンの髪を後ろで一つにまとめていて、背が高いので、存在感がある。有希也は、彼に招き寄せられて、ゲイ向けホストクラブについていろいろレクチャーされた。
「基本は、お客様とお話しして、いっしょに遊んで、気に入っていただいて、また指名していただく。とってもシンプルなんだけどね。そこにいかに自分流の手練手管を絡めていくかが、だいじになってくる」
 たとえば、と示された先では、ナンバーワンの妃波が、常連らしき細身の男にしなだれかかっている。それとなく相手の指に指を絡め、自分の心臓辺りへ持って行ったりしていた。
「彼は、話はじょうずじゃないんだ。ただ、スキンシップが好きな子でね。ああやって、お客様に触れるんだよ」
 誰でもやれるようであって、決してそうではない。
 いくら酔客であっても、あざとさに気づいて醒めてしまうことはある。
「そういった加減をね、君も覚えていってほしい」
 その言葉にうなずいたから、有希也は今ホストをやっている。自分だけのウリが何なのか、まだ見極められてはいない。
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